2013年10月27日日曜日

私物化の男 稲盛和夫

 稲盛和夫という男を一言で言うなら、私物化の男としか言いようがない。
 この男には3つの大きな罪がある。日本航空の不当リストラの罪、京セラでの凄まじいまでのファナティック的な社風を広げた混乱の罪、そして京都市私物化の罪である。一つ一つを厳しく指弾していこう。
 まず、日本航空の不当リストラの罪。 利益計画上も(2010年度の営業利益は目標の641億円に対し1884億円。人件費は206億円も多く削減)、人員計画上も(1500人の削減目標に対して解雇予告時1696人削減)、解雇の必要がなかったのにもかかわらず142名(パイロット71名、客室乗務員71名)をも不当に解雇した。
 これらはすべて国際法に違反しているのにもかかわらず東京地裁は日本航空の企業犯罪を容認する愚かな判決もどきを垂れ流した。そして稲盛にはストックオプションだ。ストックオプションを付与すべきは142人の良心ある従業員の方であることは明らかだ。これで何が道徳なのか。傲慢も甚だしいと言わざるを得ない。
 こんな傲慢なやり方に世界中のパイロットが厳しい批判を突き付けた。

 2013年10月24日(木) しんぶん赤旗
日航不当解雇の解決迫る
世界のパイロット「宣言」

 世界の民間航空パイロットが、空の安全を脅かす日本航空の不当解雇に「ノー」を突きつけました。
 世界100カ国で約10万人のパイロットが加入するIFALPA(国際定期航空操縦士協会連合会)は23日、東京都内で開かれた労働条件・法務委員会の会議で、日本航空の安全を憂慮する「東京宣言」を採択し、日本政府に解雇事件の解決を強く要請(事実上の命令)しました。
 2010年末に日本航空がパイロットと客室乗務員165人を不当解雇して以来、IFALPAは不当解雇撤回闘争を支援してきました。解雇撤回裁判は、東京地裁で解雇を容認する国際法違反の不当判決が出され、現在、東京高裁で係争中です。
 東京宣言は、日航の不当解雇に対して、あらためて「人間としての尊厳を公然と傷つけるものであり、東京地裁の判決は根本的に間違っている」と厳しく指弾しています。
 日航が加入するワンワールドグループのパイロットの組合OCCCと、ヨーロッパのパイロットの組合ECAも、日航の不当解雇を批判する宣言を発表しました。
 IFALPAは、▽年齢の高さを基準とした解雇は多くの国で禁止されている差別である▽安全に敏感な産業で、病欠基準の解雇・差別は有害だ▽労働組合の現役役員および役員経験者を狙い撃ちにした解雇である―と繰り返し指摘。今回の宣言では、日本政府と日航が、労使協議の確実な保障などを求めた国際労働機関(ILO)の勧告(12年6月)を履行して解決するよう厳しく迫っています。
 都内で行った会見で、IFALPAのメンバーのひとりは、「日航の解雇は世界で考えられない。安全にとって、危険なものだ。解決させて、世界のパイロットを勇気づけるものにしたい」と強調。会見後、国土交通省へ申し入れを行いました。

 この指摘に稲盛は何も反論できなかった。
 当然だろう、事実なのだからだ。それでオーバーステイしていたフィリピン人に対して非人道的な振る舞いをした政府が強制送還を行った際に飛行機を出す犯罪までやっているのだからだ。
 二つ目の罪はゆがんだ社風を日本中に拡散した罪。 稲盛はこんなあほな事を言っている。



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稲盛氏がエネルギー問題で持論 「原発は必要悪」「太陽光はメジャーになり得ない」
2012/10/23 15:35
   日本航空(JAL)の稲盛和夫名誉会長が2012年10月23日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で講演し、業績回復の背景について語った。稲盛氏は、社員の意識改革の重要性を繰り返して強調した。その上で、日本の多くの経営者について、企業戦略を社員に説明する努力が足らない点を「心からの協力を得るのは難しい」などと批判した。
   また、日本のエネルギー政策については、政府が打ち出している「原発ゼロ」については否定的な見解を示し、自らが推進している太陽光発電についても「メジャーなエネルギーにはなり得ない」と述べた。

「日本の経営者の多くは、目に見える財務指標や事業戦略に気を取られている」

   JALは2010年1月に経営破たんしたが、12年9月には異例のスピードで再上場を果たした。官民ファンドの企業再生支援機構から受けていた3500億円の出資については、
    「約3000億円をプラスして返すことができた。国家財政が厳しいなか、少しは国にお役に立てたのではないか」
などと述べ、公的支援で法人税が減免されるなどして業績が回復したことに対する批判には、
    「これは先進国で一般的な制度で、特別JALが優遇された訳ではない」
と従来の反論を繰り返した。
   業績回復の要因については、
    「一義的には、金融機関や株主の犠牲があったから」
としながらも、
    「社員の意識やJALの社風が大きく変わり、結果として全社員が、それぞれの現場で『自分の会社を少しでも良くしよう』と必死に努力を重ねてくれたことがV字回復の最大の要因だと思っている」
と、経営理念を定めた上で、社員の意識を変えることの重要性を繰り返した。その一方で、
    「近年では、日本の経営者の多くは、目に見える財務指標や事業戦略に気を取られているのではないか。例えば、記者を集め、本社の事業スタッフがつくった事業戦略を、まるですぐにでも実現できるかのようなプレゼンテーションを行っている人もいる」
と、「理念なき経営」を批判。
    「それを実行する社員は、その詳しい内容を知らないケースもあるのではないか。それでは、社員の心からの協力を得るのは難しいはず。もし、その事業戦略を必ず実現しようとするならば、その意義や目的、達成までの方法などを、経営トップが現場に出向き、現場の社員が心の底から『それをやり遂げたい、必ずできる』と思うようになるまで話し込まなければならないのではないか」
などと、経営戦略の意義を社員に説いてまわることの重要性を繰り返した。

「太陽光発電については、私は最も日本で先駆けてやってきた技術屋」
   エネルギー問題については、
    「何とか原発なしで高度な文明社会を維持していくことでできればいいが、現在の科学技術では、私はそれは不可能だと思っている」
と、政府が掲げた「原発ゼロ」には否定的な見解を示した。
   稲盛氏は京セラの創業者としても知られ、同社グループは、12年8月に稼働を始めた「ソフトバンク京都ソーラーパーク」などの太陽光発電所の建設に携わっている。
   だが、当の稲盛氏は、
    「太陽光発電については、私は最も日本で先駆けてやってきた技術屋。現在日本で一番生産量も多いし、設置をしているのが京セラの太陽光発電」
と自負を見せながらも、
    「メジャーなエネルギーにはなり得ないと思っている」
と、太陽光発電は補完的な役割にとどまるとの認識を示した。その上で
    「原発は、必要悪として、どうしてこれをコントロールして使っていくかに力を入れなければならないのでないかと思っている」
   原発のリスクや廃棄物の処理を含めた情報開示の徹底を求めた。

 では、突っ込んでおこう。
 この批判になんと答えますかな?

2013年08月25日14時00分
京セラのブラックな経営実態
ビジネスジャーナル
“元祖ブラック企業”稲盛和夫の京セラ~1週間家に帰れない、奴隷システム、高退職率?


 先日、「ブラック企業大賞2013」が発表された。過酷な労務管理や劣悪な労働環境が次々に暴かれ、ブラック企業に対する社会の目も厳しくなってきた。
 だが、その一方で、メディアでは、ブラック企業の元祖ともいうべき経営者が、やたらチヤホヤされている。京セラ・KDDIの創業者・稲盛和夫のことだ。稲盛といえば、京セラ、KDDIを成功させ、2010年、78歳にして日本航空の再建を引き受け、会社更生法の適用から2年で営業利益2000億円というV字回復を成し遂げた。
 このため「名経営者」として、人生論にも関心が集まり、10年前に出版された『生き方 人間として一番大切なこと』(サンマーク出版)は100万部を突破した。
 稲盛式経営のポイントは、フィロソフィ(企業哲学)とアメーバ経営。社員としての判断基準・フィロソフィと、組織を小集団(アメーバ)に分け、独立採算で運営するアメーバ経営で「全員参加経営」を実現させる……こう書くと聞こえがいいが、「全員参加経営」の実情は社員にとって過酷なものだ。
 「一言でいえば、それはまるで軍隊であった。京セラでは、毎日朝礼が行われる。中でも、毎週月曜日に行われる全体朝礼は、軍隊のそれ以外のなにものでもない。前の会社の研修で、自衛隊に体験入隊したときのことを思い出した」とは京セラに中途入社したものの、その社風に耐えかね退職した技術マンの言葉だ。
●京セラのブラックな経営実態
 京セラの内部告発本『京セラ 悪の経営術』(瀧本忠夫/イーストプレス/1999年)に、その実態が明らかにされている。
 「京セラで驚いたのは、とにかく残業時間が恐ろしく長いことである。さらに、ほとんどの人が朝早くから来る」
 「京セラ社内では『家庭を考えるようでは、京セラ幹部は務まらない』という言葉がある。事実、長く京セラにいる社員は『最近、少しは“まし”になったが、昔は月曜の朝会社に出てきたら、土曜日の夜まで家に帰ったことはなかった』と言っていた」
 稲盛式経営は、アメーバ単位で時間当たりの採算性が計算される。「売上をより多く、出費(人件費を含め)をより少なく」する競争を余儀なくされる各アメーバの責任者は、数字が悪ければ降格だ。
 「稲盛名誉会長は責任者クラスが大変困るようなシステムを作り上げ、そのシステムにより、責任者クラスが率先して従業員を奴隷のごとくこき使わざるを得ないような手をよく考えたものだ」(同書)。それによる実質連続32時間の労働で、帰宅中に居眠り運転で事故を起こした社員もいたという(幸いにも無事だった)。
 「京セラは、おそらく日本の企業の中で、従業員が定年前に退職していく率のかなり高い会社であると私は思う。(略)過去には40人入った社員が翌月には全員辞めてしまったことがある」(同書)
 それでも、稲盛への信頼は絶大。サービス残業、高い離職率、ワンマン経営者への絶対的な忠誠……これはまさにブラック企業。

●滅私奉公を求める稲盛式経営
 ブラック企業では、ワンマン経営者が社員を独自の理念で洗脳支配するケースが多い。独自の理念が社員の生活までも束縛し、心身ともに追い込まれてしまうのだ。
 稲盛の人生論『生き方』もワンマン経営者ならではの、危うい文言が目立つ。
 「自分の可能性を信じて、現在の能力水準よりも高いハードルを自分に課し、その目標を未来の一点で達成すべく全力を傾ける。そのときに必要なのは、つねに『思い』の火を絶やさずに燃やし続けるということです。それが成功や成就につながり、またそうすることで、私たちの能力というのは伸びていく」(同書59ページ)
 「欲、すなわち私心を抑えることは、利他の心に近づくことです。この自分よりも他者の利を優先するという心は、人間の持つすべての徳の上で特上、最善のものである」(同書154ページ)
 「人間が本当に心からの喜びを得られる対象というものは、仕事の中にこそある。(略)働くことで得られる喜びは格別であり、遊びや趣味では決して代替できません。まじめに一生懸命打ち込み、つらさや苦しさを越えて何かを成し遂げたときの達成感。それに代わる喜びは、この世にはないのです」(同書158ページ)
 強い「思い」と「利他の心」があれば、「仕事」を通じて人生の喜びが得られる……これは会社に自分を捧げる社畜になれば幸せになれる、というブラック企業の論理そのものだ。しかも、「生き方」というタイトルにもかかわらず、その内容は仕事のことばかり。人生哲学を語っているようで、その実、企業哲学を語り、企業の論理を読者に押し付ける一方なのだ。
 稲盛が厄介なのは、臨済宗妙心寺派円福寺にて在家得度をしており、仏法の教えに基づいているように見えることだ。ブラック企業の論理も東洋思想という袈裟でくるまれれば、ありがたく見えてしまう。
 稲盛の罪は他にもある。自らが塾長を務める勉強会「盛和塾」で、多くの稲盛チルドレンをつくりだし、ブラックの種をまいていることだ。盛和塾の塾生は、中小企業の若手経営者を中心に8000人超、お互いを「ソウルメイト」(魂で結ばれた仲間)と呼び、「お元気さまです!」という新興宗教も顔負けの挨拶を交わす。「社員を犠牲にしてでも、勝ち残る企業が正しい」という企業論理がはびこる現在、「ソウルメイト」たちは、ブラック企業化する大義名分を稲盛式経営に見出しているのだ。
 稲盛式経営の実態をみれば、日本航空の「功績」も、1万6000人の社員削減などといった社員を犠牲にしたところが大きい。こうした社員の切り捨ての経営は、ユニクロを展開するファーストリテイリング柳井正会長兼社長も同様だ(「サカイ引越センター」でも1996年11月に運送業の許可を持たない業者にピアノを運送させていた疑いで大阪府警から事情聴取されている。なお社長の田島治子は稲盛の弟子)。
 「生産性はもっと上げられる、押しつぶされたという人もいると思うが、将来、結婚して家庭をもつ。人より良い生活をしたいのなら、賃金が上がらないとできない。技能や仕事が今のままでいいとはならない。頑張らないと」(朝日新聞4月23日付朝刊/9面インタビュー)
 「良い生活をしたい」のならば、会社に滅私奉公を。稲盛式経営がチヤホヤされているかぎり、ブラック企業はなくならないのではないか。
(文=和田 実)

 その稲盛を厳しく批判したのがジャーナリストの斎藤貴男氏である。
 この人こそ、日本の三流メディアが支配するTV局でメインキャスターを務められるほどの実力の持ち主である。その斎藤氏の指弾に稲盛は反論すらできなかった。斎藤氏は京都市長選で自民党・新進党(当時)・社民党・新党さきがけ・創価学会公明党の八百長候補桝本頼兼と井上吉郎・正統京都市長の一騎打ちになった際に京都財界ごと一体になって桝本を応援させた。これは市政の私物化以外の何物もない。
 桝本は「当選」したが、これは立派な公権力の横領罪ではないか。さらにその後に京セラが圧倒的多数の市民の反対を押し切って京都の景観を破壊する暴挙をやらかした。京セラビルの不当建設である。生長の家出身だけあって、京都教という名前の「新興宗教」をやろうとでもいうのか。