2013年10月5日土曜日

もはやバカ大将 原辰徳

 久々の書人両断はかつての若大将をからかう。

中日スポーツ
【プロ野球】
原監督 女性問題で1億円払う 週刊文春が報道、また激震!!
2012年6月21日
 交流戦初優勝を果たした巨人にスキャンダルが発覚した。原辰徳監督(53)が約24年前の女性関係に絡み、2006年に男性2人から解決料を要求され、1億円を渡していたことが20日、明らかになった。21日発売の週刊文春が報じている。球団は暴露記事の情報源を、昨年11月に解任された清武英利前代表兼GM(61)と断定。原監督は「清武さんへ」と題した異例の文書まで発表した。
 交流戦の祝勝ムードが一気に吹き飛んだ。週刊文春の記事の見出しは「原監督が元暴力団員に1億円払っていた」。球団側は記事は原監督が反社会的勢力への不当な利益供与をしたとの印象を与えるとして、名誉毀損(きそん)で同誌を提訴する考えを示す一方、女性問題に絡んで1億円を支払った事実は認めた。
 東京・大手町の球団事務所で対応した桃井社長によると、06年8月、原監督は「プロ野球の関係者」を名乗る男から携帯電話で「球界がだめになる大事な話がある」と伝えられた。面会した2人の男性から示されたのは、88年に不倫関係にあった女性の日記のコピー。他に2選手(06年はコーチ)の名前も記されていたという。
 相手は「これが表に出ないようにする。私に任せなさい。ただし金がいる」と1億円の解決料を要求。原監督は「ゆすられていると思い、不安を感じた一方、私を助けてくれるのだとも解釈」した。
 球団や警察に相談せず、知人から借金するなどして現金を用意。個人事務所の社員らに頼み、要求通りに1億円を渡した。「悩んで悩んで悩み抜いての苦渋の決断」だったと釈明した。
 06年は第2次原政権の1年目。相手側が接触を求めてきた8月は、直前に2度の大型連敗を喫するなどチームが低迷していた。巨人・山口常勤監査役は「(そうした状態の中で)コーチの名前も出るとチームはガタガタになる。自分も辞めなくてはいけなくなるかもしれない」と当時の監督の心理状態を代弁した。
 その後、WBCで世界一となった直後の09年4月、2人組とは別の「事件関係者」を名乗る男から球団に「原監督の手元にある日記を返してほしい。そうしなければ騒ぎを大きくする」と電話があり、3年前の出来事が発覚した。
 これを受け、球団は警視庁に相談。この男は同年12月に球団にガソリン缶などを持ち込む騒ぎを起こして威力業務妨害で現行犯逮捕されたが、06年の事件については2人組のうちの1人が事故死していたために真相究明が困難と警視庁から説明され、被害届は提出しなかったという。
 ジャイアンツ球場での練習後に対応した原監督は「ファンのみなさまに心よりおわび申し上げます」と謝罪。明子夫人にも事実を打ち明け、「2人の夢、未来に向けて前進しています」と理解を得たことを強調した。
 球団側の「事実と異なる」とする見解に対し、週刊文春編集部は「記事には十分自信を持っている」とコメント。原監督としては一区切りしたと思っていたスキャンダルが、交流戦の優勝に冷や水を浴びせるタイミングで公になってしまった。

 原の誹謗中傷文書をここに掲載し、社会的制裁を課す。

 清武さんへ

 巨人軍の選手、OB、関係者を傷つける報道が相次いでいます。たくさんの暴露が行われ、巨人軍関係者を混乱させ、選手、OBを苦しませています。私は監督という立場で心を痛めてきました。

 こんなことがなぜ続くのか。清武さんのほかに、いったいだれがいるのか。

 今回は、私のことで良かったと思っています。

 巨人軍の低迷期に清武さんと会い、同じ釜の飯を食い、同じ目的に向かって、悔しい時も、うれしい時も本気で涙を流してきました。ファンに愛され、強くある巨人軍をめざし、リーグ3連覇、日本一も成し遂げました。

 巨人軍を育て、守り、築いてきた偉大な先輩方がたくさんいられます。未来へ夢をつなぎ、巨人軍の発展を願っている方もたくさんいられます。清武さんもその一人だと信じます。

 巨人軍の一員だったことを誇りとして、これからも歩んでください。
 まだ間に合います。

原辰徳

 私はこの文書もどきに激怒した。
 読売新聞こそ悪意の塊だと言う事をこれで示してやろうじゃないか。原のゴキブリまがいの行為と比べると清武氏こそ数段人間としての器が大きい。

「読売新聞は言論を売っていない」――清武英利氏、佐高信氏が語る出版契約裁判
Business Media 誠 2012年5月18日(金)22時29分配信
 読売新聞東京本社は4月11日、七つ森書館と結んだ復刻出版契約の無効確認を求めて東京地裁に提訴した。無効確認を求められた本は、1998年に新潮社が発行した『会長はなぜ自殺したか』。
 同書のテーマは、証券会社による損失補填の発覚に端を発し、銀行、大蔵省から政界まで巻き込み、第一勧業銀行(当時)の宮崎邦次元会長、新井将敬代議士を始め6人が自殺に追い込まれた1990年代後半の金融不祥事。読売巨人軍の元球団代表兼GMである清武英利氏が、社会部時代にキャップとして組織取材した内容をまとめた1冊である。
 七つ森書館によると、復刻出版の手続きは2010年12月から行われ、2011年5月に契約が結ばれた。しかし、読売新聞東京本社では「読売新聞社において、出版契約は局長が了解・決定するのが通例であるが、今回はそのような手続きが実行されていなかった。権限を有していない社会部次長が署名しているから無効である」と主張、契約の無効を求めている。
 清武氏と監修の佐高信氏は5月17日、日本外国特派員協会で行った会見で読売新聞社の対応を非難した。

●新聞は訴えられるものであって、訴えるものではない
佐高 私は新聞というものは訴えられるものであって、訴えるものではないと思っていましたので、非常に驚いて、あきれています。私は、今問題になっている読売新聞清武班の本の監修解説者ということでここにいます。「新聞は訴えられるものだ」というのは、(新聞は)言うまでもなく言論を売っているわけですから、それ(契約)が気にいらなければ言論で応えればいいわけです。だから、読売新聞が訴えたということは、読売新聞の言論に自信がないということを自分で証明した、もうすでに読売新聞は言論を売っていないということだと思います。
 今、この本は“読売新聞清武班”と文章の責任を明らかにしたところが問題になっているわけですが、それを問題にしたというのは読売新聞の場合はすべて、社会部だけでなく渡邊班であっても、名前を明らかにする必要がないんだろうという皮肉を申し上げたい。
 今日は、1998年に出版された『やっぱり読売新聞が面白い!』という本を持ってきました。これは読売新聞宣伝部が出した本で、読売新聞のPR用に出した本であるわけですね。その本の巻頭が私へのインタビューになっています。一番後ろでは、(読売グループ会長の)渡邉恒雄氏が宮崎緑氏のインタビューに答えています。まだ14~15年前はそういうゆとりというか、幅が読売新聞にはありました。
 当時、私は読売新聞の『週刊読売』で、「鵜の目鷹の目佐高の目」という連載コラムを書いていました。その時、ライバル誌の『週刊現代』からの、「渡邉恒雄氏の批判を喋れ」というインタビューに応じたんですね、私は「これで『週刊読売』の連載はなくなるだろうな」と覚悟しつつインタビューに応じて、渡邉恒雄氏を批判したわけですが、、連載はなくならなかったんですね。今では全然考えられないことで、どんどん読売新聞は幅をなくしていったんだと思っています。
 これを企画した読売新聞宣伝部の人は、そのインタビューについて「意表を突く出だしだろう」と誇ったようなことを書いていて、「当紙にとっても耳の痛い指摘をもらった」という風なことを書いていました。
 もう1つ、当時の読売新聞と今の読売新聞の違いを象徴する出来事について、私はこのインタビューで言っています。当時、私といわばコンサバティブ(保守派)を代表する櫻井よしこ氏が出席するシンポジウムがあったのですが、それを報じる産経新聞は「櫻井よしこ氏ら」と書いたんですね、読売新聞は「佐高信氏、櫻井よしこ氏」と書いてある、朝日新聞は「佐高氏ら」と書いてある(笑)。こういう見事な色分けがあったのですが、残念ながら今、読売新聞が同じような内容を書くとしたら、「櫻井氏ら」となって、私は見事にオミットされる(省かれる)んだろうなと思います。
 もう1つここに持ってきた本が、読売新聞社刊行の「戦後ニッポンを読む」というシリーズに収録した城山三郎氏の『黄金峡』という小説で監修解説は私です。(「戦後ニッポンを読む」では)フィクション、ノンフィクション両方から、私が名著と思ったものを選んで復刻しました。それと同じようなことを七つ森書館で企画して、読売社会部清武班というものが問題になったわけですが、わずか15年の読売新聞の変化によって、私は今日ここに立たざるをえないようになったことを喜んでいいのか悲しんでいいのか、ちょっと判断に苦しみます。
 これから清武さんにお話しいただきますが、私は復刻したこの本(『会長はなぜ自殺したか』)は渡邉恒雄氏や読売新聞の記者たちにこそ熟読してほしいと思っています。

●渡邉恒雄会長による球団私物化の告発が影響?
清武 私は読売巨人軍の球団代表兼GMでしたが、2004年までですが30年にわたって読売新聞の記者でしたから、今日は元社会部記者としてお話ししたいと思います。
 新聞記者にとって長い間、目標にしてきたのは読み捨てられない記事を書くことでした。大きな事件が起きますと、そのたびに記者は猛烈な勢いで記事を書きまくります。しかし、「事件の断片をただ書き飛ばすだけでは全体像を伝えていることにならない」と常々思っていました。継続的に取材班を組織し、新聞で連載し、さらにそれを1冊の本にまとめる。それは私たちがどうしても一過性に陥りがちな新聞記者の課題を克服しようと、当時、試みた報道の手法の1つでした。
 私たちが15年前、1997年に手掛けた事件は巨大な証券会社や大手銀行が総会屋と癒着して、多額の利益を供与していた日本金融界のタブーでした。大蔵省、日銀、政界にも波及して、自殺者が6人、逮捕者を45人も出す未曽有の金融事件となりました。
 先ほど控室で、「総会屋という言葉は非常に訳しにくい」というような話をしました。その時も形容のしようがなかったのだと思うのですが、その一連の事件は“金融不祥事”と呼ばれました。その時に、あまりの犠牲者の多さに、大手出版社の新潮社と読売新聞社会部が連携してまとめたのが『会長はなぜ自殺したのか』です。
 読売新聞社会部の取材班は当時、文字通り寝食を忘れて日本金融界の腐敗の解明に当たりました。『会長はなぜ自殺したのか』はある意味で組織取材の成果で、その後に続く私たちの出発点でもありました。また同時に、社会部の記念碑的な仕事だと自負しています。読売の取材班が1998年にまとめた本が今回、佐高さんの監修によってシリーズの1冊に選ばれて復刻されるのは大変名誉なことだと考えていました。それは活字にもう一度命を吹き込むからです。
 出版元の七つ森書館には大変失礼なものの言い方かもしれないですが、採算を度外視した真面目な出版だと思っています。当時、取材班を率いた私だけでなく、取材班のメンバー、あるいは社会部の有志たちは同じように『会長はなぜ自殺したのか』が復刻されることに誇りを感じたと思います。
 大手新聞社、とりわけ読売新聞は常々「日本の活字文化を守る」と公言してきています。その大きな新聞社が理由にならない理由を付けて、この本を復刻させまいとするのはあまりにも理不尽で、恥ずべき行為であると私は考えます。
 私が読売巨人軍の球団代表兼GMとして、読売グループ本社の渡邉恒雄会長の球団私物化を告発して半年になりますが、読売新聞によるさまざまな嫌がらせのような行為は続いています。今回の行為もその延長線上にあると私は考えています。しかも、出版物を封殺しようとして実際に動いているのが読売社会部の出身者であることが私は非常に悲しく思います。
 出版妨害と言われても仕方がない今回の読売の訴訟について、それを指示したのがもし渡邊会長だとしたら、側近の人々や記者の方々は「もういい加減にしてはどうか」とその権力者に進言してもらいたいです。私の渡邊会長批判と、私たちが誇りとする今回の復刻版はまったく無関係です。読売の人々は嫌がらせをやめる、あるいはやめさせる勇気をぜひ持ってもらいたいと思います。

●新聞社が普通の日本の会社と同じようになっている
――佐高さんはこの間まで高杉良さんと一緒に日本経済新聞と戦われてきました。大メディアが病んでいるということでしたが、日経との戦いの共通項のようなものを感じるところがあれば教えてください。
佐高 私は経済評論家と名乗ることもあり、高杉良さんは経済小説を書くと言われているわけですが、2人とも日本経済新聞は購読していません。購読しなくても何ら支障はない、逆に購読すると日本の経済や会社の姿が良く見えなくなる傾向すらあるだろうと私は思います。
 読売新聞も日本経済新聞も、極めて残念ながらその体質が日本の(一般の)会社と同じになっています。私は「新聞社が日本の会社と同じでは非常に困る」と思っているわけですが、残念ながら非常に同じようになっているわけです。それはどういうことかと言うと、ワンマンにちゃんとモノ申してチェックが働くことがなくて、読売新聞や日本経済新聞が問題になったオリンパスや大王製紙とほぼ同じようになっているということです。
 私は今まで、いろんな会社の批判をしてきました。その会社にボスやドンという存在のワンマンがいる時、このボスやドンの意向を忖度(そんたく)して、いろいろとおさえにかかる人がいることがあります。(佐高氏の批判から)しばらくしてからですが、あるドンから手紙が来て、「何も自分が知らないうちに部下がおさえていた」と堂々と書いてきたことがあるんですよね。「部下のやっていることを知らないで、お前は社長が務まるのか」と私なんかは思いますが、そういう構図になっています。
 つまり、ドンの下にモノ言わない“ミニドン”みたいなものがずっと連なっている。日本の会社というのはそういう悲しい構図ができあがってしまっていて、それと言論機関の読売新聞や日本経済新聞も同じになっているという残念な状況です
 質問の意図からちょっと外れるかもしれませんが、私は今日、日本外国特派員協会でお話ししているわけですが、日本のメディアに対して特にがくぜんとしたのは、2011年6月末の東京電力株主総会でのことです。
 メディアの記者たちは東京電力の中にある会議室に集められて、そこで映る株主総会の模様を見ていました。その時、私は「それを見ながら何かコメントしてほしい」とたまたま毎日新聞に頼まれて、会場に向かったわけですが、入口のところに「録音、録画、配信はご遠慮願います」と書いてあったんですね。
 私はびっくりして、あれだけのでたらめな安全神話を作り上げて、あれだけの事故を起こした後にそんなことを掲げるということに「ふざけるな」と思って、「何だこれ」と言ったんですね。毎日新聞の記者は「佐高はそう言った」と記録に書いたのですが、それよりもっと腹が立ってならなかったのは、そこに入っていった200人の記者が誰もそれを問題にしなかったことですよね。
 だから、挑発的なモノの言い方かもしれないですが、清武さんのこの本の問題は渡邉恒雄氏の問題ではないんです。渡邉恒雄氏にモノが言えない記者たち、メディアの問題なんです。清武さんというのはある種、“絶滅危惧種”みたいなもので、その絶滅危惧種をみなさま方が生き返らせるかどうかというのが最大の問題です。
――私は外国メディアと長く仕事をしてきたので、大震災では日本の問題点を深く感じることが非常に多かったです。その中で自主規制というものがあるとかないとか言われます。清武さんにお聞きしたいのですが、現場で「この表現はおかしい」「こういう風に書きなおせ」といったことは日常的にあるのでしょうか。現場はどんな感じなのでしょうか。
清武 私が記者だったのは2004年までなので、最近のことはあまり詳細を知りません。しかし、若い人たちを含めて、全体が委縮していることは間違いのない事実だと思います。私が一線の記者だった2000年くらいまで、またその後の部長であったり編集委員であったりした時にいろんな経験をしましたが、民主主義というのは多様な意見があって当然なので、上司が「それはダメだ」とか、同僚が「それはおかしいんじゃないか」と言うことはたくさんあると思います。ただし、それ(ダメだと言われたこと)を貫いて、認められるものは必ずあるはずです。
 今の記者は「まずやってみる」ということを基本的に避けているのではないでしょうか。トラブルを避けていることが一番大きな問題であるような気がします。読売新聞は社会部にとどまらず、全体に非常に息苦しいです。新聞記者というのは、それぞれが王国のようなものだと私は思います。今、多くの記者は、上司の決裁を経て取材をするところが多いのではないのでしょうか。
 例えば、『会長はなぜ自殺したのか』をまとめるにしても、連載をして、本にまとめるという手法は現場の記者が考えたことです。現場の記者が考えて、最終的に「これをやるよ」と言って、部長が「ああそうか」と言う、そういう時代でした。それが本来の記者の姿だと思いますし、新聞社の姿ではないでしょうか。
 校閲の時代ではないので、例え上司がどう言ったとしても、大きな記事が小さくなったとしても必ず引っかき傷を付ける記事を書く気持ちを持ってもらいたいと思います。一面トップでなければ社会面トップ、社会面トップでなければ三段記事でもベタ記事でもいいからと。そういう覚悟が求められる時代はちょっと不幸ではありますが、今はそういう厳しい時代になっているんだなあと感じています。
――清武さんに質問したいのですが、再確認ですがどうして読売新聞は『会長はなぜ自殺したのか』の出版を止めようとしていると思いますか。簡潔に説明していただけますか。
清武 これは私の考えなので、実際のところは読売新聞に聞いてもらいたいのですが、基本的に私が渡邊会長を告発したからではないでしょうか。
――今回の読売新聞の出版契約無効確認請求について、契約手続きで権限を有していない次長が署名しているからといったことを持ちだして無効というのは法的には無理があるように思います。しかし、それがこれだけ大きな問題になるのは、それは読売新聞という非常に強い権力を持ったメディアジャイアントだからという理解でいいのでしょうか。だとすると、その読売の力の源泉は何なのでしょうか。
佐高 それはむしろ多くの(読売新聞に)従う人に聞いてほしいのですが、私たちは従わない人なのでよく分からないところがあります。一般的に大きな出版社は何かいちゃもんを付けられると、すぐに発行をやめる傾向があります。七つ森書館と私たちは「冗談じゃない。逆に出そう」と思う方です。みんな従っちゃうんですね。「読売新聞という大きなところが出しているんだから本当だろう」みたいな話になってしまう。
 「原子力発電が安全だ」という神話に一番力を貸していたのは日本のメディアです。それなのに彼らは今、全然反省なんかしていないわけですね。例えば、電力会社からお金をもらって安全神話の太鼓を叩いていたビートたけし氏は、毎日のように日本のテレビに出ています。しかし、それに警鐘を鳴らしてきた広瀬隆氏は「上映禁止物体」と陰で言われている。その状況は今現在も変わっていません。「絶滅危惧種」と清武さんのことを言いましたが、それが本当は普通だと思うんですね。そこは非常に繰り返しになりますが、残念だと思います。
清武 2つあります。1つは乱訴です。すぐに「訴えるぞ」と言って、実際に訴える。今回の訴訟が七つの森書館という小さな出版社にとってどれだけの負担になり、どれだけの労力になるかということを多分読売新聞は分かっていると思います。本来大きな気持ちで出せる、一線の記者にとって非常に誇りに思えるような出版物ではないですか。
 七つの森書館はあまり言いませんが、「300万円でこの出版物を出さないでもらいたい」ということを元社会部の人間たちが言ってくるというのは私は極めて残念なことだと思いますよ。これを怒らずして言論人と言えるでしょうか。
 もう1つは組織の総力を挙げて、記者までを動員して、嫌がらせ的な行為に及ぶことだと思います。この2つが人間を畏怖させているのだと思います。

●読売新聞側の主張は
 会見の中で、訴訟の背景として「読売グループの渡邊恒雄会長を告発したことがあるのではないか」と話した清武氏。
 一方、読売新聞東京本社広報部ではそれを否定し、「題材となった事件が約15年も前で関係者のプライバシーや心情を考慮すべきであることや、清武氏が2011年11月、読売巨人軍の取締役として、忠実義務・善管注意義務違反があったため解任されたことなどからです」とコメントしている。

 原の誹謗中傷攻撃に清武英利氏(前巨人代表兼GM)は以下のように反撃した。

6月21日発売予定の週刊文春の記事について
2012年6月20日
清武英利
 明日6月21日発売予定の週刊文春に「原監督、元組員に1億円」との見出しで記事が掲載されるとの報道が流れていますが、私はまだその記事を拝見していませんし、そもそもこうした記事について、コメントする立場にありません。
 本日、読売巨人軍が記者会見を行い、原監督名義のメッセージ2通を発表したうちの一つに「清武さんへ」と題するメッセージがありましたので、このメッセージが原辰徳監督自らの意思に基づいて作られ、発表されたものであると仮定したうえで、以下のとおりお答えしたいと思います。
 なお、読売巨人軍の上記会見は、読売新聞グループの、総力を挙げて私を潰そうという目的から、嘘を承知で展開している大キャンペーンの一環であり、全ての論点をすり替え、読者や視聴者の目を反らそうという狙いの下に行われているものであることを指摘しておきたいと思います。

「原辰徳監督へ
 原監督が作成したとされる『清武さんへ』と題するメッセージを拝読しました。『巨人軍の選手、OB、関係者を傷つける報道が相次いで』いることの原因があたかも私にあるかのように『清武さんのほかに、いったい誰がいるのか』とコメントされたことについては、非常に残念でなりません。
 私は、2004年8月13日に読売巨人軍の球団代表兼編成部長に就任した後、巨人軍の信頼回復と球団改革のため、微力ながら全身全霊を捧げてきました。原監督とは、2006年以降、短期的な勝利を常に求められ続けるフィールドマネージャーと長期的視点に立って編成・強化等を行うゼネラルマネージャーという立場の違いを超えて、チームの勝利のために常に真剣に、誠実に、忌憚のない意見を交わしてきました。特に、2007年から3連覇を成し遂げ、常勝巨人軍の復活に向けてともに努力したことは、私自身も誇りに思ってます。
 今季の巨人軍は、原監督の采配はもちろんのこと、個々の選手やコーチ、そして、私がGM時代に創設した戦略室が全体として機能したことにより、交流戦優勝という華々しい成果を成し遂げられたことを、一巨人軍ファンに戻った今も心から喜んでいます。
 私は、2011年11月11日に、既に確定していた2012年コーチ人事を渡邉会長が鶴の一声でひっくり返そうとしたという重大なコンプライアンス違反問題等について、記者会見を行い、渡邉会長を告発しました。それは、コーチや将来コーチになるであろう選手らを守りたいという一心で行ったことであり、今も最も訴えたいことです。同日の記者会見の際、私は原監督の名前には一言も触れていませんが、それも、現場で日々勝利に向けて戦っている監督や他のコーチ、選手らを巻き込みたくないという理由でした。しかし、翌日、渡邉会長が公表した反論談話で、原監督の名前が出てしまい、結果的に原監督を巻き込むことになったことは、私としても不本意でした。このことは、私からの同日付「渡辺恒雄・読売グループ本社代表取締役会長・主筆の談話について」と題するコメントの中でも言及させていただいたとおりです。
 2012年3月15日付朝日新聞の契約金報道の後、渡邉会長や読売巨人軍は、私が読売巨人軍の内部文書を流出させたとする言動を行うなど、読売新聞グループの総力を挙げた大キャンペーンを展開していますが、全くの事実無根であり、いいがかり以外の何ものでもありません。もちろん、明日週刊文春が掲載するという記事についても、私は関知していません。
 私は、今でも読売巨人軍の勝利と真の発展を心から願う一ファンです。
 原監督におかれましては、渡邉会長や彼の忖度族たちの言葉に惑わされず、巨人軍の勝利と真の発展に向けて今後も益々ご活躍されることを祈念して止みません。
2012年6月20日
清武英利」
以上

 1990年5月、虚塵対神聖広島の試合で広島ファンの男性が読売を厳しく批判する「巨人軍は永久に不潔です!」 「天誅!悪は必ず滅びる!」 「ファンを欺くな!」 という垂れ幕を張った。この行動には賛成できないが、男性の気持ちは分かる。
 内部にいて原は完全に腐敗してしまったのだろう。これを人はバカ大将というのである。原は今からでも遅くはない、渡邊の悪事を全て週刊金曜日で暴露し、植草一秀氏の弟子になるべきだ。

2012-06-21 20:43