2014年1月16日木曜日

またしても過ちを犯す愚か者 高橋大輔

 織田信成、号泣で引退表明「違う道で」

2013年12月25日(デイリースポーツ)
 フィギュアスケートの14年ソチ五輪代表らによる全日本選手権のエキシビションが24日、さいたまスーパー行われた。終了後、全日本4位に終わり、五輪代表入りを逃した織田信成(26)=関大大学院=が現役引退を表明した。

 号泣しながら登場した織田は「今日を持ちまして、現役生活を退く決意をしました。四大陸の代表に選ばれていましたが、若い選手に頑張ってもらいたい」と、絞り出した。その後、五輪代表の真央、高橋ら同じ時代を戦った仲間たちがリンクに現れ、みんな涙流しながら、抱擁を交わした。

 「五輪、世界選手権の代表になれなかったことで思いが強くなった。若い選手も強くなっている。今が引き際かなと思い、決断しました。幸せなスケート人生でした」。

 戦国武将・織田信長の末裔。一部からは『殿』の愛称で親しまれた。先祖の存在が重荷になったこともある。それでも「最初は抵抗がありました。でも、そのおかげでフィギュアを知ってくれて、僕のスケートを見てくれる人もいた。自分の名前も得だったのかなと思う」と、いつしか感謝することが多くなっていった。この日、現役最後に滑ったプログラムは『ラストサムライ』。渾身の演技を先祖に捧げた。

 世界大会ではあと一歩頂点には届かなかった。加えて05年トリノ五輪の選考会では採点ミスにより順位が入れ替わり五輪行きを逃した。ジャンプの回数ミスや、バンクーバー五輪で靴ひもが切れたこと。不運などで涙を流すことも多く、信長同様に天下統一はならなかった。ただ、それでもこの日、自身のスケート人生を「『鳴かぬなら泣きに泣きますホトトギス』かな。涙が印象的なスケーターだったと思う」と、総括。ライバルとして常に比較された高橋大輔の存在にも「大ちゃんがいてくれたから、自分も頑張れた。ライバルとしても人としても尊敬できる。一緒に同じ時代にスケートができてよかった」と、感謝した。

 今後はまず大学院の卒業が目標。将来的にはコーチとして後進の指導にあたる予定だ。私生活では2児の父。自身が母憲子さんとともに歩んできただけに、“将来”の期待も高まる。「五輪で金メダルを取れる選手を育てたい。自分が届かなかった分、力を入れて頑張りたい。2人の息子たちが、もし選択してくれるなら、自分の成績を超えて欲しい」と、楽しそうに笑った。

 コミカルな演技と、愛くるしいキャラクターで日本男子をけん引してきた26歳。織田らしい“涙”と“笑顔”で、競技生活に別れを告げた。

 その織田選手に感謝された高橋に私は厳しいことを言わねばならない。
 「お前こそ引退すべきだ」と。本来なら、高橋は織田選手の前に手をついて謝るべきだ。それを求められなかっただけましなのであり、私が許すわけにはいかない理由はこれだけある。
 高橋には3つの決定的な罪がある。一つ目は傲慢の罪。トリノ五輪男子代表を巡る全日本選手権で明らかに高橋は織田選手に負けていたのに05年12月24日、全日本選手権大会の男子シングルで織田選手が優勝と発表された。が、表彰式の1時間後「コンピューターソフトが、3回転ジャンプの種 類・回数制限(二度跳べるのは2種類まで)を超えて跳んだ、織田の3種類目の二度目のトリプルルッツに間違ってOKを出し、加点していたから」という不可解な理由で織田選手は2位に落され、2位の高橋が繰り上がって優勝し、五輪代表(男子シングルの日本枠は1名)に選ばれた(スポーツナビ05年12月25日「採点ミ スで順位入れ替え」)。 その際の表彰状での態度は明らかに織田選手を侮辱するとんでもないものだった。
 そのことがきっかけで織田選手は精神的なスランプに陥った。バイクの飲酒運転を起こしたのもそのことが遠因なのは明らかだ。いわば、高橋が織田選手を追い詰めたのだ。そして、同じ過ちを小塚崇彦選手に対しても犯した。二人の有力なスケーターの人生を狂わせたことに対する反省の念はない。スポーツマンシップのない高橋には大いに恥を知れと一喝したい。
 二つ目の罪は、フィギュアスケーターなのかアイドルなのかわからない虚業の罪。CMに出ている段階でもう終わっている。織田選手にしても小塚選手にしてもあまりCMに出ていないのだが、本業がテレビタレントなら本当になめているとしか言いようがない。我が盟友Neutralizerの一喝を食らうがいい。

 アイドル狂想劇
テーマ:スポーツ
2010-03-29 20:18:50
 一昨日から昨夜の二日間、フィギュアスケートの世界選手権が行われ、浅田真央が優勝した。
 それはそれでいいのだが、彼女といい、ライバルとされているキム・ヨナといい、日韓両国でのフィーバーは甚だしい。我が親友も何度も取り上げ、その度に呆れるほどである。
  このフィーバーを見て、私はフローレンス・ナイチンゲールを思い浮かべる。この女史はご存知のとおり、19世紀に起こったクリミア戦争で兵士達の看護をし て有名となり、後の女性看護師の基礎を築いたのだが、そのクリミア戦争で活躍した時、彼女の祖国イギリスでアイドル視され、色々な物に彼女の名前をつけた り、彼女を讃える歌や彼女のブロマイドまで出るという大フィーバーが巻き起こった。
 だが彼女の偉いところはこれをかえって迷惑がるだけでなく、戦後にイギリス政府が用意した凱旋用の船に乗らず、ひっそりと帰国したことである。更に死んだ後も政府による国葬を断った。(NHKラジオ第一『おしゃべりクイズ疑問の館』08.8.26放送分より引用)
 周囲による一定の人の祭り上げは祭り上げられた本人を精神的に傷つけてしまうことが多い。事実、キム・ヨナもマスコミからのインタビューで周囲の加熱する報道に負担を感じていた。(FNNニュース2009.4.23より引用)
 にもかかわらず日韓両国のメディア、熱狂的ファンの心ない持ち上げは今も続いているし、それにともなってライバルへの誹謗中傷も激しい。だが彼らには分からないであろう、その行為が応援する選手の足を引っ張っていることを。
  更に言えば祭り上げている選手にも厳しい自己統制が必要とされる。北京五輪で金メダルを取った石井慧を見よ、バンクーバー五輪でフィギュアスケートで銅メ ダルを取った高橋大輔を見よ、どちらも自分の功績に浮かれ、他選手への配慮を忘れたり傲慢になったではないか。好成績はいつまでも続きはしない。自己を磨 くことなく、周囲のフィーバーに浮かれるならば転落は必須である。

 その言葉通りになり。高橋は過去の栄光だけで五輪代表とやらになったのにすぎない。
 実力で言えば明らかに小塚選手に負け、人間性という面では織田選手に負け、我が盟友にも論破される始末ではもう終わりだ。高橋は冤罪被害にも屈しなかった植草一秀氏にも負けたのだ。
 三番目の罪は節操のない保身の罪。過去の栄光だけで「ソチ五輪」代表に選ばれて、何がうれしいのか。頓珍漢な高橋の面など私は見たくもないし、高橋がテレビに出てきたらチャンネルを変えるか別の作業をしている。「高橋特権」が日本スケート連盟にはびこっているようなもので、大きなけがをした際に日本スケート連盟は明らかな特別扱いをした。そのことで高橋は傲慢さをさらに増長させた。
 高橋の本当のファンであるのなら、高橋を厳しく批判すべきだ。もう、これ以上の過ちを高橋が繰り返すのを止めねばならない。