2014年3月27日木曜日

メディアに人のことは言えるのか


芸能界では常識の声…ゴーストライターってどんな仕事?
2014年2月8日 掲載
新垣氏は印税なし/(C)日刊ゲンダイ

 他人に作曲させ、自分の作品として発表していた佐村河内守氏(50)の騒動で注目を浴びているのが“ゴーストライター”。第三者が作品をつくる“代作”は、音楽界や芸能界では当たり前だ。音楽関係者が言う。

「歌謡曲で多いのが、有名な作曲家や作詞家が弟子に作品を書かせるケース。アイデアが枯渇しているところに曲の注文がくると“キミ、こんな感じの曲を書いてくれ”と指示。出来上がった曲や歌詞を自分流にアレンジして完成させます。面倒見のいい師匠は、印税の何割かを与える。CDが100万枚売れたので弟子に100万円払ったという話も聞きますよ」

■印税は力関係で3~10%…

 シンガー・ソングライターはネタ詰まりになると、プロデューサーや編曲の担当者に曲のイメージとサビの部分を伝え、作詞作曲してもらう。プロデューサーは無償で名前も出ない。バンドのメンバーに頼むケースもある。

 エッセー本などを出す際に、原稿を執筆するのもゴーストライター。著者が受け取る印税は本の価格の10%が相場で、タレントが新人の場合はゴーストライターの取り分は5%前後、有名人の場合は3%程度と、力関係で比率が違う。
「3%では少ないと判断したときは現金を追加で払い、5%に近づけることもあります。ただし初版のときだけです」(出版関係者)

 タレントが小説を出版することがあるが、そこにもゴーストが存在する。

 編集者が作家志望のライターを起用。小説のストーリーをA案、B案、C案と3種類提出させ、タレント本人に口頭で説明する。タレントは「B案が気に入った」などと伝えて、ライターが書くことになる。

「ある大物歌手は雑誌コラムの執筆を依頼されると、博学なライターに原稿を依頼。政治や哲学など小難しい原稿を書かせて自分の名前で発表します。原稿料は3万円なのに、ライターには口止め料を含めて10万円払う。赤字だけど、学歴コンプレックスを満たせるのです。人気タレントのプレゼント用のサイン入り色紙は事務所のスタッフが書くのが昔からの習わし。ただし、サインの横に印鑑を押しているものは本物だったりします」(ベテランマネジャー)

 芸能界はウソまみれ……。

 このコラムも確かに鋭い。
 週刊文春は鬼の首を取ったかのようにバカはしゃぎしているが、この一撃はどうか。

2004年12号 月刊ロジスティック・ビジネス
メディア批評
堤義明を叩くまで二〇年かかったマスコミ 〝解禁待ちジャーナリズム″の虚しい実情
佐高信 経済評論家 65 DECEMBER 2004

 一九八六年五月一五日付の『内外タイムス』 のコラム「マスコミ唐竹割り」にこう書いて ある。
 筆者の名前が出てくるのでテレくさいが、事実関係を示すためにそのまま引く。

 「毎年、五月のはじめになるとユーウツにな る。
 例の堤義明の、知性のカケラすら感じら れないタの字面をあちこちの媒体で見せつけ られるからだ。
 なぜ五月はじめかというと、四月二六日が 堤康次郎の命日で、成り上がり根性丸出しの 墓参の模様が毎年いくつかの媒体に紹介され るからである。
 今年も『週刊文春』、『フライ デー』などが、デカイだけの墓の前にぬかずく義明の写真を意味あり気に掲載していた。
 自社従業員に、自分の親の墓掃除や守りを強要することなど、今日では土建屋といえどもよくしない。
 ところが、そうした方面での経営センスゼロの義明は茶坊主幹部以下社員たちに平気でそれを命じて恬としている。
 不愉快なのは、どのマスコミも広告費欲し さにそうした堤をさも大物のごとく持ち上げてみせる風潮だ。
 まともな人間で堤を面と向 かって批判したのは評論家の佐高信ぐらいで はないか。
 あとは、税金を払わぬことを社是としているかのようなこの二代目田舎者をヨ イショするばかりである。
 いやはや後進国な らではのマンガだ」

 それから二〇年近く経って、ようやく、堤 義明の〝裸の王様″ぶりが指弾されようとしている。
 ここに出ている『週刊文春』や『フライデー』もその批判の列に加わっているが、 自分たちが「持ち上げ」たことは忘れたかのように手きびしい。
 奥村宏は日本のマスコミを〝解禁待ちジャ ーナリズム″と批判したが、自ら禁を解くのではなく、アユ解禁のように解禁となるのを 待って批判を開始する。
 その体質はまったく 変わっていない。
 ジャーナリズムとは触れてはならぬとされているタブーに挑むことをその本質とするのではなかったか。
 「マスコミ唐竹割り」の「税金を払わぬこと を社是としているかのような」は『日経ビジネス』の「強さの研究」にリポートされた 「法人税ゼロ」を指している。
 西武鉄道グループの中核会社、コクド(当時は国土計画)の経理は、資金の社外流出を 防ぐという点では完璧であり、一九七九年度 以降三年間の納税証明書を見ると、法人税を支払った痕跡はない。
 それについて、ある国税関係者は、 「大正九年、(先代の)堤康次郎氏が国土計画の前身である箱根土地を設立して以来、この会社は法人税を支払ったことがないのでは ないか」 とまで言っている。
 一億円でも利益が出て いれば法人税がかかるはずなのに、コクドは利益を出し、配当を続けながら法人税はゼロだった。
 プリンスホテルを含む西武鉄道グル ープ約七〇社のうち、上場企業は西武鉄道と伊豆箱根鉄道だけなので、そのカラクリは不 明だが、『日経ビジネス』は、さまざまな仮説を立てて真相に迫っていた。
 しかし、マンガをマンガでなくするために二〇年もかかったわけである。
 私は、いま、堤義明が叩かれれば叩かれるほど、マスコミ の無力さを感じる。
 非力さと言ってもいい。
 彼らはそれをごまかすために、義明を叩いて いるのではないかとさえ思うのである。
 現代のマスコミのタブーの一つが創価学会 だが、池田大作が堤義明のようにその横暴ぶ りを白日の下にさらされる日は来るのか。
 義明は、会社をどう動かすかは自分がすべて決めるから社員に頭は要らない、と広言してきた。
 そして、秘書嬢には、客に対し、片膝をつかせてあいさつをさせていたのである。
 魯迅は「暴君治下の人民は暴君よりもさらに暴である」と喝破した。
 裸の王様の取り巻きたちは、王様よりもいばるということであ る。
 マスコミもそうかもしれない。

 結局佐高の指摘通りになってしまっているのである。
 そもそも私は障がいを売り物にしてこのブログを売り込もうとは思わない。障がいはあくまでもその人の影にすぎないのでありそれを強調することで自分らしさを失ってしまうことが怖い。だから、私は発達障がいであることを告白はするがそれを強調しようとは思わない。
 24時間テレビ、日本ユニセフ協会も胡散臭いものを感じる。いずれも不明朗な資金繰りが指摘されているのだ。そういう団体は人のことを言えるのか。
 少し考え直してほしい。


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 S某のコメントとやらにつきまして、ここで見解を表明します。
 あまりの不勉強さに私は呆れました。
 よって、相手にはしません。勉強し直してネトウヨを論破できるようになるまでになってから物を言うようにしなさいとしか言いようがありません。
 私はブログコラムを書く際には本も読みますし、調べますし予約記事を出してもし違った状況になれば撤回します。日々の努力を怠るものに言葉の覚悟はありません。