2015年5月24日日曜日

快楽の奴隷を煽ったTwitterの罪

すき家「なぜこんなことを・・・」 女子高生バイトの「裸画像」ツイートに困惑

 弁護士ドットコム
   牛丼チェーン「すき家」で働いていたアルバイトの女子高生が、店内で自分のわいせつな写真を撮影し、ツイッ ターに複数回、投稿していたことがわかった。ネットでは「バイトテロ」との指摘もあるが、すき家を運営するゼンショーホールディングスも「なぜこのような 投稿をしたのか・・・」と困惑した反応を見せている。
 わいせつな画像が投稿されたのは、今年の3月から4月にかけて。女子生徒は関東地方に ある店舗で働いており、写真は店の更衣室で撮影したものとみられる。すき家の制服を身につけた状態で上半身をはだけさせたり、下着を脱いで、胸や性器を露出した写真も投稿されていたという。
 ゼンショーホールディングスの広報担当者は、弁護士ドットコムニュースの取材に対して、「すき家は飲食店のブランドで、商品を提供する店。お客様にはご不快な思いをさせて申し訳ないと思っています。今回の件については、警察の方にも通報といいますか、相談 という形で動こうとしています」と述べた。
 発覚したきっかけは、問題のツイッター投稿を見た人からの情報提供だったいう。5月1日、同社の 広報室に「すき家さんの店員ではないか?」と情報提供があり、それを受けてすぐに社内で調査を行い、本人を特定した。広報担当者によると「社内規定に基づ いて厳しい処分を下した」とのことで、このアルバイトはすでに店舗を去ったという。
 電話による取材の間、ゼンショーホールディングスの広報担当者は終始、困惑をにじませながら回答した。そのやりとりは以下のとおり。

●「投稿した理由を聞きましたが、我々もよくわかりません」ーー今回の件について、アルバイト本人に事情を聞いたのか?
「なぜこのような投稿をしたのか、本人に聞きましたが、正直なところ、我々も、深い事情や動機はよくわかりません。ふだんの勤務態度にも問題はなく、本人も『上司や労働環境への不満から投稿したというわけでは一切ない』と言っています」
 ちなみに、アルバイトの女子高生が働いていた店舗は、1人勤務のいわゆる「ワンオペ」ではなく、複数勤務体制だったという。
ーー再発防止策については、どう考えているのか?
「アルバイトの就業規則には『職場で知り得た情報を外部に漏らさない』『SNS等で公開しない』という規定があるので、今後も通達を継続して行うつもりです。 ただ、今回のケースは個別の事例で、そこまでの記載をするかはまた別ですが・・・。継続して、指導はしていく予定です」

●「我々が被害者というよりも、お客様に非常に申し訳ない」ーーネット上の反応を見ると「すき家は被害者だ」「バイトテロだ」という反応も見られたが、こうした意見についてどう考えるのか?
「私どもの従業員ですから、我々が被害者云々というよりも、お客様にご不快な思いをさせたということが非常に申し訳ないと思っています。飲食店ですから、そのイメージということもありますし。社員教育を含めた徹底ということを、これからも強化、継続していく予定です」
ーーでは、今回の件については、「すき家」の監督不足と考えているのか?
「難しいところですが・・・やはりそう言わざるを得ないです。指導はしていたが、徹底が行き届いていなかったといえば、確かにそういうことになると思います」
(弁護士ドットコムニュース)

 私は去年夏までTwitterをやっていたが、今はやめている。
 理由は、精神的に厳しくなってしまったからだ。だが、今回の女子高生のケースは明らかにおかしな話だ。本人はあろうがことか、口に出すにそぐわない行為までしていたのである。
 だが、ゼンショーに非がないとは思わない。なぜなら、彼らは人を粗末にするような運営を繰り返してきたからだ。その結果はブラック企業大賞アワードに選ばれるほどである。載ってしまう段階でもう企業としての信用は失墜したといってもいい。
 では、どうすればいいのか。私はほかの大手外食チェーンとの経営統合を行うべきだという考えを持っているが、これは横道にそれた。本堂に戻すと、女子高生や今の人たちのサイバーとの付き合い方は明らかにおかしい。
 私はある日帰宅途中、騒いでいた女子高生に「シーっ」とけん制を放ったが彼女たちはノリでまねたのだからあきれ返った。つまり、TwitterやFacebook、ブログを単なるノリのツールに使っているのに過ぎないのだ。
 そんなことでいいのだろうか。いわば、彼女たちは快楽の奴隷になっているのに過ぎない。LINEのツムツムなるゲーム(パズルアンドドラゴン、モンスターストライクなど)も同じことが言える。サイバーツールの使い方を問い直さねばならないのは明らかなのである。
 テクノストレスという深刻な問題だってある。つまり、サイバーツールの功罪を見つめなおさねばならない。何も私は使うなかれと言っているのではない。要は使い方やその目的なのである。