2014年3月26日水曜日

傲慢な男に経営は似合わない チャールズ・アーゲン



三国大洋のスクラップブック
「アメリカでいちばん意地悪な会社」ディッシュ・ネットワーク
http://japan.zdnet.com/cio/sp_12mikunitaiyoh/35026732
三国大洋 2013年01月10日 13時02分

アメリカを代表する「ブラック企業」とされるディッシュ・ネットワークがクリアワイヤに買収を提案(画像の出典:Dish Network)

 米衛星テレビ放送第2位、加入者数約1400万世帯のディッシュ・ネットワークがクリアワイヤに買収を提案したというニュースは、昨日の朝方に衝撃をもって報じられた。

 クリアワイヤと言えば、スプリントに自身を売却することで合意していた通信会社、詳しくは下掲の記事を参照してほしい。

 しかし、スプリントは、スポンサーのソフトバンクが指示した上限に収まる金額で買収の同意を取り付けていた。スプリントだけでなく、同意したクリアワイヤにとっても、まさに「横槍を入れられた」格好である。

 ディッシュについては、ソフトバンクの米国進出を解説したコラムの中でも一度触れている。今回は、このディッシュに関する別の話を紹介したい。
「従業員にとって最低の会社」

 普段からたくさんのニュースを目にしていると、時には「なんで今、この話題が記事になっているのだろう?」と首をかしげざるを得ないものに出会うことがある。正月2日、米国では新年の稼働第一日目にBusinessweekで公開されたディッシュ・ネットワークの記事もそんな首をかしげる話のひとつであった。

 「ディッシュ・ネットワーク、米国でいちばん意地悪な会社」と題されたこの記事、そのタイトルが示す通り、従業員の扱いのひどさや、創業者で大株主のチャーリー・アーゲンの暴君ぶりを、なかば面白がり、なかば呆れながら描いた内容で、いってみれば「こんな変わり者の経営する会社が、驚くことに、ここまで大きな企業に成長した」という批判と賞賛がない交ぜになった書き方で綴られている。

 この点において、New York Timesがフォクスコンの工場の実態を伝えた時のような、どこか「糾弾」という語が想起される記事とは大いに異なる。なお、24/7 Wall St.というサイトが「(従業員にとって)最低の会社ランキング」をまとめた、という冒頭の下りは、昨年8月に掲載された別の記事の焼き直し。こちらの記事タイトルは「ディッシュとフォクスコン、どっちの仕事がひどい?」で、どちらの記事にも自殺や事故など本当に深刻な例は出てこない。その点でもなかば面白がっているような感じがしてしまう。

 さて、見事「最低の会社ナンバーワン」に選ばれたディッシュの実態を見ていこう。

さて、ディッシュの実態はこのようなものだ。

    薄給(具体的な金額は記載無し)
    長い残業は当たり前(強制的、しかも残業手当無し)
    以前は社員証代わりのIDカードを使って社員の出退勤を記録していた。ところが、IDを他の社員に預けて実際より早く出社したように見せかけるという悪用例があることに気付いたアーゲンは、さっそく指紋認証システムを導入。さらに社員が始業時刻に1分でも遅れて出社すると、そのことを知らせるメールが上司に自動送信されるようにした(メールの送り先にはアーゲン自身が含まれる場合もある、とか)
    朝9時の定時出社は厳守。自宅に持ち帰った仕事で徹夜していたとしても、まったく配慮されない。
    出張手当は出るが、旅先での食事の際に会社の規定を越えるチップを払った場合は、たとえ1セントでも差額分を給与から差し引く
    コロラド州デンバーのディッシュ本社付近では、冬になると積雪のために通勤時間が余計にかかってしまい、定時出社が難しくなる従業員が相次いだ。ところが、それが気に入らないアーゲンは社員に向かって「雪が積もりそうだという天気予報が出たら、会社近くのホテルに泊まれるように部屋を予約しろ」と言った。もちろん、ホテル代はそれぞれが自腹で払うこと、とクギを刺してもいる
    ノルマ達成など優れた成果を残した社員に何らかの報償を出すことはめったにないが、それでもある年にはそういう珍しいことがある社員に起こった。ただし、その中味というのが「特別有給休暇1日」。報償のおかげで感謝祭の週末に連休をとれた社員は「あんなこと、十数年間で一回だけ」とコメント
    アーゲンはフリトレーの会計士として社会人生活のスタートを切った人物。そのせいもあってか、いまだにお金の出入りに厳しく目を光らせており、10万ドルを越える支出は自分の決済がないと通らないことにしている。ディッシュは年間売上14億以上ドルもある大企業なのに、だ
    カスタマーサポートにかかってくる電話の95%が、怒った顧客からの抗議

 そういった環境だから、とうぜん社員の離職率も高く、外部から雇われてきた上級幹部でさえ長くは続かないケースが少なくない。とりわけ創業者のアーゲンが良くも悪くも曲者で、従業員を単なる人手と見下している風もあり、他の人間がいるところで部下を大声で叱りつける姿が目撃されることも珍しくはない。

 10年にわたってディッシュで働き、コミュニケーション部門の責任者にまでなったある元幹部のコメントやエピソードは特に面白い。「あの10年間は生きた心地がしなかった」というこの女性幹部、ある時アーゲンからひどく怒鳴られて、「あんまりだ、辞めてやる」と所持品をまとめて会社を飛び出したが、駐車場まで追いかけてきた取締会のメンバーがアーゲンに代わって謝り、思い留まるように説得された。クリントン政権時代にホワイトハウスに勤務した経験をもつ友人からは、「アーゲンもクリントンと一緒で、自分が気にかけている相手にしか叫んだりしない」と慰められたとか。

 その一方で、彼女が住宅ローンの返済資金に困り、「ストックオプションはいらないから、代わりにその分を現金でほしい」と掛け合ったが、アーゲンは「それでは後悔することになる」とこの要望を却下。ところが、それから間もなくディッシュの株価が急騰して、女性幹部は大きな利得を手にすることになった。また、同社を離れたこの女性が自分で会社を興したと聞いて、アーゲンが「ついに君も起業家になったか」と敬意を示した、とか。

 別の元COOは、自分が辞めたいと思った最大の要因として、アーゲンがほとんど権限を委譲しない、つまりいろんなことを独りで決めてしまうから、という理由を挙げている。

 たとえば100人以上の人間がマーケティング部門に在籍していたにもかかわらず、アーゲンは新しい料金プランの具体的金額を自分で決めて、部下に「これでいくぞ」と言い渡したこともあるという。さらに、もっと始末に負えないのは、そんなふうに独断で下したアーゲンの判断がほとんどの場合に正しかったことだそうで、この元COOは「それなら俺の出番はないや」とでも考えたのか、結局8カ月でディッシュを辞めたという。

 そんなアーゲンの「極端なまでのマイクロマネジメント」ぶりは、ほかにもいろんな例があるようだ。たとえば「昼食はどんな事情があっても11時30分から14時の間にとらなくてはならない」「食事中も仕事ができるように、自分の席で昼食をとることが奨励されている」といった話も紹介されている。

 アーゲンのそんな型破りの人あしらいがディッシュのカルチャーと化している節もあり、相手がウォールストリート関係者(投資家筋)であろうとまったくお構いなしという記述もある。ある著名な証券アナリストは、駆け出しの頃に「経営陣の考えを伺いたいので、ぜひ面談の機会を」とディッシュにインタビューの申し入れをメールしたところ、「俺たちは株主のために価値を生み出すのに忙しくしていて、そのことについての話をしている暇はない」と、まったく素っ気ない返事をよこされたという。なお、このアナリストはその後、通信・放送分野をカバーするアナリストのナンバー1に7年連続で選ばれるまでになったが、ディッシュの対応ぶりはちっとも変わっていないとコメントしている。

 この投資家筋への無関心については、チャーリー・アーゲンがいまなお株式全体の過半数、そして議決権の9割以上を保有していることとも関係があるかもしれない。

 そんなディッシュの経営について、ここで少し触れておきたい。

 Businessweekの記事にあるグラフによると、ディッシュの契約世帯数は2012年に1400万世帯。衛星テレビ事業で首位をいくディレクTVや、ケーブルテレビ事業者トップのコムキャストとはわりと大きな開きがある。ディレクTVの契約世帯数は、ディッシュよりも500万世帯多い。ディッシュは、ケーブルテレビのナンバー2であるタイムワーナーケーブルとほぼ肩を並べる規模だ。

 20世紀末から金融危機前の2008年までは加入者数が急激に伸びた。しかし、その後は割高な有料テレビを解約してウェブなどの代替手段に乗り換える「コードカッター」というマクロのトレンドの影響もあってか、ここ数年頭打ちの状況にあることがわかる。ディッシュが、もともとは衛星電話回線用に割り当てられていた大量の周波数帯を手に入れて、これを転用するかたちで携帯通信市場に参入しようとしている背景には、こうした有料テレビ市場の飽和感があるとされている。

 また、競合するケーブルテレビ事業者や固定線の電話会社が、映像コンテンツ(テレビ番組・映画)配信とインターネット接続サービス、一部では携帯電話サービスまでバンドルして提供するケースさえあるなかで、今のところテレビしかないディッシュは不利な立場にあり、これを挽回するためにも、携帯電話サービスを手がける必要性が高い、という見方もある。

 さて。

 「優秀な人材確保が企業の成長・事業の成功の鍵」という考えを刷り込まれた自覚がある私などには、ディッシュのように正反対をいく会社がよくもここまで成功したなと驚いてしまう。しかし、それにはちゃんと理由があるようだ。「ケーブルテレビがデジタル化する前に、競合他社よりもきれいな映像・音声の放送を、しかも他社よりも安く提供することで、たくさんの加入者を集めた」というのがその秘訣だったらしい。「どんなものがよく売れるか」というツボを、アーゲンがきちんと押さえている、ということかもしれない。
決断が早く、リスクも取れる経営者

 ここまで書いてきて気付いたのは、あくまでひとつの可能性だが、チャーリー・アーゲンという人物のマインドセット、あるいは従業員数2万6000人超となったディッシュのカルチャーに、スタートアップと共通する部分が多く感じられるということだ。

 経験したことのある方なら直感的に理解できるだろうが、マイクロマネジメントでこまごまとしたところまで自分が納得いくようにしないと気が済まないタイプのスタートアップ創業者など、ざらにあるだろう。従業員にしても、立ち上げ間もない零細企業でわざわざ働こうなどと思う人は、そもそも「待遇がいいから」「働きやすい職場と聞いたから」といった基準で集まってくるわけではない。片付けなくてはならない仕事は、普通なら山のようにあり、そもそも「残業がどうの」といった話が出る余裕もない。

 その後、事業が順調に成長していき、それにともなって会社の規模も大きくなっていくと、働く人の間からもいろいろな要望が出るようになり、経営者も「このままじゃ、まわらない」と気づき、「組織作り」「制度の整備」「権限委譲」などといった事柄の必要性を痛感するようになって、その都度アジャストする——。

 よく見聞きするのはそうしたパターンだ。

 しかし、チャーリー・アーゲンの場合は、並の起業家とは異なるのだろう。たとえば厳しい資金繰りを続けていれば否が応でもお金に細かくならざるをえないなど、創業時のマインドセットを保持したまま、ディッシュを現在の規模まで一気に持ってきてしまったのではないか。

 そんな勝手な想像の当否は確かめようもないけれど、同時にひとつはっきりいえるのは、そんなタイプの経営者なら決断も早く、大きなリスクを取れる可能性も高い、ということ。そんなリスクテイカーの経営トップがいて、しかも143億ドルもの年間売上がある大企業というのは、ちょうどめっぽう足の速い巨漢のラインバッカーのような存在。敵に回したら間違いなく怖い相手であろう。

 この記事でもう一つ目を惹いたのは、アーゲンに「無類の勝負好き」「ケンカ師」といった風なところがあり、ディッシュではひっきりなしに訴訟を続けている、という部分だ。

 アーゲンが一時期、プロのギャンブラーを生業としていたことは以前も書いたが、コロラド大学で講演したときには「大企業のCEOの中で、自ら(法廷の)宣誓証言台に立つのは俺くらいなもの」と豪語していたという。

 ディッシュの方はといえば、いまもまさに係争中——「放送受信用STBに、CMをスキップする仕組みを勝手に導入した」と、テレビ番組や映画供給会社といったコンテンツプロバイダーから訴えられて、侃々諤々やっているというニュースをよく目にする。また「訴訟がプロフィットセンターになっている企業というのは、ディッシュしかない」という前記の証券アナリストのコメントも考え合わせると、スプリントとクリアワイヤは「なんとも厄介な連中から横槍を入れられたものだな」といった感想を抱かないわけにはいかない。
本当の狙いが分からない買収提案

 なお、ディッシュがクリアワイヤに出した買収提案については、本当の狙いとするところがまだよく分かっていない。

 そう思える第一の理由は、スプリントがすでにクリアワイヤ株式の過半数を抑えていること。普通に考えれば、ディッシュがどんなに好条件を提示しても、スプリントがなかば手にしかけているクリアワイアの潤沢な周波数帯を手放そうとするはずがない。同時に、ディッシュは自社の携帯通信市場参入に関する具体的な計画をまだ発表していないため、クリアワイヤを買収できたとしても、その資産をどう活かしていくかという部分については見当が付きにくい。

 周波数帯の関連で唯一手がかりになりそうな点をあえて挙げるとすると、それはFCCから原則的に転用を認められたディッシュの周波数帯(AWS帯の一部)が、スプリントが権利を保有する帯域と隣接しているということで、このために生じる電波干渉の懸念を無くすため、ディッシュは30MHzのうち10MHzを「バッファー」として空けておくようにとFCCから指示されている。転用を認める条件の一部として出されたこの指示は、スプリントの懸念表明を受けた措置とされている。つまり、ディッシュとしてはスプリントのせいでAWS帯の3分の1を使えなくなった、とも受け取れる。

 ただし、そのことの意趣返しだけで、わざわざクリアワイヤ買収を仕掛けるのか——これもやはり凡人には首をかしげざるを得ない疑問の一つと思える。

参照した情報源(文中に明示した以外の記事)

    Dish Mulls Letting Advertisers Bid on Shows in Real Time
    Dish chairman says mobile plans to take time to coalesce

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 私はスプリント買収劇についてはソフトバンクに対して「買収よりは既存のサービスの改善を」と求めてきた。
 たとえば料金。もう少し安くなるだろう。だが、ディッシュが買収することには反対だった。スプリントについてはセカンドベストでしかない。だが、アーゲンの罪はもっと厳しく糾弾されねばならない。罪の一つ目がパワハラなら二つ目は詐欺の罪だ。著名投資家フィリップ・ファルコン氏率いるヘッジファンドのハービンジャー・グループは6日、経営再建中の通信ネットワーク運営会社ライトスクエアードの債務を内密に買収したとして、米衛星放送大手ディッシュ・ネットワークのチャールズ・アーゲン会長を詐欺容疑で提訴した。
 それが効いたのか、ディッシュはライトスクエアード買収を断念した。スプリント乗っ取りにアーゲンはみっともない手法を使いソフトバンクを誹謗中傷したりなだめすかしたりした。だが、ソフトバンクやスプリントは動じなかった。アーゲンはT-Mobile USAをドイツテレコムから買収しようと企んでいるがこれもソフトバンクが買収する方向で動いている。
 つまり、無理な分野で無理をするからおかしくなるのだ。