実質破たんした国内3位の航空会社スカイマーク再建の舵取り役の座をめぐって、ドタバタ劇が続いている。
  中でも一番の話題は、ANAホールディングス(HD)の変節だ。いったんは提携交渉を時間切れにし、スカイマーク破たんの直接の引き金を引いたかたちにも かかわらず、ここへきて再び出資を含む再建のスポンサー役に名乗りをあげ、下馬評では最有力候補とされている。背景には、袂をわかったエアアジア(マレー シアの格安航空会社)が、日本再上陸を目指してスカイマークに食指を伸ばしてきたことがあるらしい。放っておけば転がり込んでくると高をくくっていた羽田 空港発着枠というドル箱の行方に暗雲が漂い始めて、いても立ってもいられなくなったというのである。
 しかし、すでにANAグループは羽田空港発着枠の過半数を抑えている。これ以上のシェア拡大は、日本の空の健全な競争環境を害して消費者の利益を損なう懸念が大きい。我々は、起ころうとしていることの本質を見極める目を養い、声をあげていく必要がありそうだ。
  スカイマークは先月2月中に、同社の再建を支援するスポンサー企業の募集を締め切った。新聞やテレビの報道を総合すると、このスポンサーに旅行業エイチ・ アイ・エス、航空機リースを営むオリックス、大和証券グループの投資会社、新生銀行、日本交通、福山通運など20社近い一般企業のほか、全日空を傘下に持 つANA HDと日本国内への再参入を伺うマレーシアのエアアジアの航空2社が名乗りをあげた。
 スポンサー企業には、投資、融資の両面か らの資金支援だけでなく、営業面を中心にしたさまざまなサポートが期待されている。中でも重要なのが航空会社だ。弱体化が目立つ集客力を回復して売り上げを確保するためのコードシェア(共同運航)や、低コストでの機体整備などの支援が、スカイマーク再建には不可欠だからである。
 そこで、名乗りをあげた航空2社に限ると、関係者の間には「両社とも選定される」という声もなくはないが、大方が「ANA HDが圧倒的に優位」とみている状況だ。エアアジアがLCC(格安航空会社)であり、国土交通省が羽田空港の発着枠をLCCに与えない方針を採ってきたことが、その理由である。
 しかし、国交省がスカイマークに対し、日本航空(JAL)による単独支援に待ったをかけた昨年末に続き、今回もANA HDを再建のパートナーとするようゴリ押しするならば、忌々しきことと言わざるを得ない。
●すでにドル箱の過半数を抑えるANAグループ
 ここでみておきたいのが、次に掲げたリストである。年間20~30億円を稼ぎ出すといわれる、羽田空港の国内線発着枠の航空各社保有数(1日当たり)を記したものだ。
 ・日本航空 184.5便(シェア39.7%)
 ・全日本空輸 173.5便(同37.3%)
 ・エア・ドゥ 23便(同4.9%)
 ・ソラシドエア(スカイネットアジア航空) 25便(同5.4%)
 ・スターフライヤー 23便(同4.9%)
 ・スカイマーク 36便(同7.7%)
  個別会社ごとに見ると、依然としてトップの座はかつてのナショナルフラッグの名残りでJALが維持している。そのシェアは39.7%と、2位の全日空の 37.3%をわずかながら抑えている。この単体のシェアだけに着目すれば、国策被救済会社JALの業容拡大を禁ずる行政指導「8.10ペーパー」(1月 28日付本連載記事『スカイマーク、経営危機の元凶はJAL救済 根拠なき不当介入で市場歪める国交省と族議員』参照)を金科玉条として、国交省が昨年暮 れにスカイマークのJALとの単独提携に待ったをかけたことや、今回もANA HDをスポンサーに選定するよう圧力をかけていることに理があるように見えるかもしれない。
 しかし、それぞれのグループシェアに着目して 実態を把握すると、まったく違った風景が見えて来る。ANA HDが出資(というより乗っ取り)をしたり社長を送り込んだりして経営に強い影響力を持つエア・ドゥ、ソラシドエア、スターフライヤーの3社のシェアを加えると、ANAグループのシェアは52.6%(1日当たり244.5便)と、すでにドル箱の過半数を抑えているからだ。
 現在、策定が進められているスカイマーク再生計画で、ANA HDが再建スポンサーの座を射止めると、ANAグループのシェアはさらに上昇し、60.3%(1日当たり280.5便)に達することになる。日本の空を飛 ぶ航空会社の中で、最後まで独立を保ち「第3極」と位置付けられていたスカイマークが、羽田空港の発着枠でガリバーの地位にあるANA HDの軍門に降れば、航空運賃をめぐる価格競争が損なわれ、ANAグループがプライスリーダーの地位を一段と強固なものとするのは明らかだろう。羽田発着便に限らず、随所で航空運賃は値上がりし、消費者の利益を損なう恐れがあるのだ。
●運賃値上げの兆候
 そして、その兆候は早 くも現れはじめている。ここで注目すべきは、スカイマークが撤退を決めたばかりの沖縄諸島を結ぶ路線だ。この地域の路線は、かつて新規参入したスカイマー クが高止まりしていた運賃を劇的に引き下げたことで知られているが、今回は逆のことが起きようとしている。
 2月10日付沖縄新報は社説で 「4月以降、那覇-石垣線で当日から2日前の最低運賃(現在9900円)が2万1000~2万6000円と2倍以上になる可能性がある」と指摘した。実 際、この路線ではANAグループが値上げの布石を打ったと映る動きがあった。3月末から始まる夏ダイヤで、那覇と石垣島を結ぶANA便を1日8往復から6 往復に減便する一方で、新たにANA系のソラシド エアに那覇―石垣線(1日2往復)を就航させて、この2便をコードシェアするというものだ。ソラシド エアの運賃は搭乗3日前までに購入できる割引運賃で片道1万円と、スカイマークの同種の運賃(4000~6000円)はもちろん、ANAとJAL系の JTA(日本トランスオーシャン航空)のそれ(6900~7900円)も大きく上回る設定となっていた。
 ここで、「ANAとJALの運賃 は、新興航空会社のそれを下回ってはならない」という国交省ルールの存在が重要になってくる。まさかとは思うが、ANAもJAL系のJTAも国交省ルール を逆手にとって、スカイマークが撤退したら、ソラシド エアを上回る水準に運賃を変更する、つまり大幅値上げをするのではないかと取り沙汰されているのである。
 こうした中でANA HDは、スカイマークを子会社化するわけではないので、競争環境には大した影響がないと強調したかったのかもしれない。全日空の篠辺修社長は2月26日付 日本経済新聞の単独取材に応じ、スカイマーク支援について「経営権を取る立場ではない」と言い逃れした。
 確かに、現行の国交省ルールの下で は、ANA HDがスカイマークの発行済み株式の過半数を取得して経営権を握ることは難しい。というのは、国交省はANA HDやJALが新興航空会社に20%以上の出資をした場合、新興航空会社が持つ羽田空港の発着枠を強制的に返納させることにしているからだ。実は、この ルールに従いANA HDは、エア・ドゥ、ソラシド エア、スターフライヤーの3社に対する出資比率をいずれも20%未満に抑えてきた。さらに国交省は水面下でANAグループに対して、「スカイマークへの出資は5年の期限付きで容認する」と釘を刺し、いずれは出資を引き揚げるように迫っているとの報道もある。
 だが、航空業には、出資が一時的なものだとか、20%未満だからといって、事実上の経営権を握れないということにならない特殊性がある。というのは、「ANA HDの場合、コードシェアひとつで、提携先の首根っこを押さえてしまう仕組みを備えている」(元新興航空会社幹部)からである。同社のコードシェアは、提 携先が同社のチケット発券システムを導入、売れ残り枚数をリアルタイムでカウントしながら両社が販売していく仕組みだ。
 このやり方は、 コードシェア比率を決めればチケットの実際の販売数とは関係なく代金を支払ってくれるJAL方式に比べて厳格な販売管理が可能な半面、導入に時間とカネが かかるデメリットがある。また、年間2億円前後といわれるシステム使用料に加えて、季節ごとのダイヤ改定や料金改正のたびにシステム改修の実費を支払うな ど、コストもかさむ。何よりもひとたび導入すると、ANAの意向に異を唱えることは困難で、提携を解消するのも容易でない。それゆえ、経営の首根っこまで 押さえられてしまうというのである。
●国交省、本末転倒の競争政策
 国交省は、国策支援を受けたJALが業容を拡大し、航空行政批判が起きることを懸念しすぎたのだろう。JALとのコードシェアを軸にしたスカイマーク再建策に異を唱えた太田昭宏自称国土交通大臣(以降被告)の発言は、その象徴 だ。背景には、「民主党政権の経済政策の成功モデル」という民主党のセールストークへの自公政権ならではの反発があったのも事実だろう。
  しかし、国策救済会社の勢力拡大を恐れて、すでにドル箱の過半数を抑えている“独占企業”のシェア拡大を後押しするのは、競争政策の観点からすれば本末転 倒であり、消費者利益を損なうことになりかねない。太田被告は自らの発言によりスカイマーク経営破たんの引き金を引いたことの責任を痛感したのか、1月30日の記者会見で「第3極(として再生を果たすべきかどうか)ということではなくて、民事再生の中できちっと運航が行われて、利用者が回復をしていくと いうことが、私は望ましいと思っております」と述べた。あれだけ拘泥していたスカイマークの「第3極勢力としての存続」にこだわらない姿勢を示し始めたこ とは、新たな気がかりといわざるを得ない。それでは、相変わらずスカイマークのANAグループ入りを後押ししているようにしか映らないのである。
  国交省が本当に消費者利益の拡大を望み、「第3極」を存続させたいと考えるのならば、現代の黒船とでも呼ぶべきエアアジアの再登場を頭から否定するべきではない。むしろ、LCCへの羽田空港の発着枠の割り当て見合わせや、外資の本邦航空会社への出資を厳しく制限してきた規制体系を見直して、強い第3極の育成を後押しするほうが政策として筋が通るのではないだろうか。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)