2017年5月6日土曜日

単なる奴隷小僧 義家弘介

 この悪質な暴言には本当に呆れ返るしかない。
 義家は現実を全くわからない馬鹿だった。


月刊現代2006年8月号より抜粋

義家:一年前、北星余市高をやめるとき、瀬戸内さんに相談にのっていただきましたね。あのときは、俺、まだ白紙だったんですよ。
瀬戸内寂聴:突然でしたものね。あれは私もほんとにショックでしたよ。義家さんがずっと余市にいると思って、雪の中、はるばる講演に行ったんですから。そうしたらその日、実はすぐ辞めるって告げられて(笑)。
義家:すいません…(笑)。
瀬戸内:でも私にはわかりましたよ。あなたは一生懸命だし、生徒もみんな慕っているんですけど、先生たちの中であなた一人浮き上がっていたもの。自分が仲間の先生からどう見られているかってことに、全然気づいていなかったのね。だから、私はあなたに行政に行くことをすすめたの。ちょっと世間で揉まれたほうがいい。
義家:大学の講師の話と横浜市の教育委員の話と二つあったんですが、寂聴さんの言うとおり、行政に行って正解でしたよ。何がよかったかというと、今まで自分は傷ついた木ばかり見ていた。余市にいたときは、日本中から傷ついた子供たちが集まってきていたんです。この木々は教育という森の中で、どうしてこんなにも傷ついてきたんだろう。それがわからぬまま、その木に一生懸命栄養を与えてきていたんですね。森を見ながら木と対話し、森をどう繁栄させるかを考えられる状態です。

横浜市が不登校生徒への対応などで変わったということについて
瀬戸内:横浜市だけがどうして変わることができたの?
義家:教育界ってしがらみにまみれているんです。10年以上同じ場所にいた人は何もできない。(以下略)


リスカについて
瀬戸内:うちに相談に来る若い子たちもね、何度もリストカットを繰り返して、カウンセラーや病院に行っても直らないって言うの。そんなの藪医者よ、替えなさいって、私は言う。それでうちに来て、私と30分、1対1で話したら、みんな帰るときはニコニコしてますよ。これは義家さんに教わったんだけど、子供はとにかく抱きしめろって言うでしょ?
義家:それが一番です。安心するんです。
(略)
義家:リアルな経験が少ないので、鈍感になっていくんですね。リストカットを繰り返すのも、痛みに対して鈍感になっているからだと思うんです。この間目にしたアメリカの調査でゾッとしたんですけれど、今子供たちは小学校を卒業する時点で、メディアを通じて8000件の殺人を目撃し、10万件の暴力行為を見て育っているというんです。戦時中に育った子供より、ずっとたくさんの現場を見ているわけですね。しかもそれには痛みがまったく伴わない。バーチャルですから。
瀬戸内:それはアメリカの調査なの?日本の子供はどれくらいそういうのを見ているのかしら?
義家:もっと多いと思うんです。というのも、まずアメリカと日本を比べたら、日本のほうが残酷なゲームがたくさんあるんですよ。先日、警視庁(原文ママ)の会議に出席したとき、いくつかゲームを見たんですが、通行人を乱射したり、人間の首をはねたり、すごいゲームがたくさんあるんです。それを親が買い与えているんです。子供の小遣いでは買えないですから。それからメディアもアメリカではゴールデンタイムに残酷な映像をあまり流しませんが、日本は関係ないですよね。暴力シーンをじゃんじゃん流す。

インターネットについて
瀬戸内:インターネットもすごいものがあるらしいわね。
義家:自分の教え子が携帯電話の画面に、イラクで拉致された香田証生さんの殺害シーンをダウンロードしえ見ていたんですね。
瀬戸内:どうしてそんなもの…。
義家:「おまえ、どっからダウンロードしてきたんだ」って聞いたら、「みんなで回して見てる」と。ほんとにそういう残酷さの中で育っているんですよ、彼らは。ところがバーチャルだから痛くない。でもリストカットすると痛いじゃないですか。それで安心を覚えるっていうんです。逆に言えばそれほど日常生活で痛みを感じない。痛みの教育をどうしていくか、ということがこれからの大きな課題ですね。

体罰について
義家:先生の体罰は法律で禁止されているんです。でもこの間、それを踏まえたうえで”痛みの教育”をやろうって現場で爆弾発言して、みんなを唖然とさせたんですが(笑)。
瀬戸内:どうやって”痛みの教育をするつもりなの?
義家:北星学園余市高では”転ばせる教育”をしていました。転ばぬ先の杖を与えるんじゃなくて、もっともっと転ばせてあげて、心や体の痛みを感じさせる。教師は起き上がるのをかたわらで見守っていて、一人で起き上がれないときだけ、愛情をもって手を差し伸べるんです。それから親は10歳までは悪いことをしたら、どんどん叩く。俺も10歳までは明治生まれのおじいちゃんの言うことを、ちゃんと聞いてましたから。いつもげんこつで頭をぶたれて、コブだらけ。」

ニート・ひきこもりについて
義家:人間って、本来、引きこもれないと思うんですよ。自分も16から17まで里子に出されて、引きこもりですよ。そうすると、狂いそうになっちゃうんですよね。やることがない。
瀬戸内:何をしてたの?
義家:俺の場合、本を読んで何とか精神を安定させた。でも今の子供って、インターネットでチャットもできるし、ゲームもできる。それに没頭していると、辛さを感じなくていいわけです。要するに引きこもれる環境がある。ひどい奴になると、一日中、匿名の誰かとチャットでつながり続けるわけです。
瀬戸内:そんなに…。
義家:インターネットをしていると、どんどん時もたちますしね。だから引きこもりをしている限り、彼らに未来はありませんね。だって、履歴書に5年も空白のある人を社会は必要としないでしょ。立ち止まったり、引きこもってもいいという寛容さを示すのは簡単ですが、それを容認することによって、そいつにどれだけ人生の重荷を背負わせてしまうかということです。俺自身、高校中退したという荷物が一体どれだけ重かったか。人の10倍、100倍やらないと、同じ扱いをしてもらえません。容易に引きこもりを認める人は、一生、そいつの荷物を一緒に背負っていけるのか。そこを考えてほしいですね。
瀬戸内:義家さんは自分の教え子に引きこもりの子がいたら、どういうふうに対応するの?
義家:まず、部屋からたたきだしますよ。俺が一回やったのは、そいつの部屋に行って、ゲームをぶっ壊しました。グシャグシャにね。もちろんあとで弁償しましたけど。こんなことやってる場合じゃないだろう、なぜ学校に来られないのか、悶々と考えろと。
(略)

義家:うちのおやじなんかは、自分には学費も生活費もくれなかったですから、大学時代。バイクの事故で瀕死の重傷を負ったあとも、仕送りが来ないわけですよ。どうしようもなくてね。当時つきあってた彼女に借りましたよ。もちろん返しましたけど。とにかく働くしかない。それがいいリハビリになったのかもしれませんが。

ゼロ・トレランスについて
義家:教師は楽になりますけどね。でもそれは教育じゃなくて、強制ですよね。しなければいけないことがいっぱい明示されて、違反したら処分なんて。子供って、失敗することのほうが正しい。未熟なんだから。
瀬戸内:情けないですね。だいたい、法律なんて、もうひどいもんですよ。人間のつくった法律なんて、間違いだらけ。規則で縛ったって心は縛れないですよ。
義家:問題が起きて解決できないと、どんどん統制する方向に流れていってしまいますね。

英語教育について
瀬戸内:その前に日本語をちゃんと教えてほしいですね。
義家:そうなんです。敬語も話せない奴に英語を教えてどうするんだって。その前に日本語だろうと思うんですけど、それよりも自分としては剣道を必須化しろと(笑)。剣道は防具をつけているから、事故は起こりにくいし、とりあえずリアルな体の痛みもわかる。卑怯も礼もおしえられるしね。礼は大切ですね。尊敬の念をちゃんと持たない人間は絶対成功しません。すごい人ってやっぱり得るべきものがあるから、その人に対して礼を尽くすのは当然のことなんですが、今の子供は教えられてないですからね。だって、母親が子供の目の前で父親の悪口を言ってるじゃないですか。
(略)
義家:自分の子供にとって、親は最大の教育者である、という意識をもっとしっかり持たなきゃいけないと思うんです。俺がよく言ってるのは、親は3つのプロフェッショナルにならなきゃいけないってこと。つまり「聞くプロ」「伝えるプロ」「学ぶプロ」です。
(略)


 まさに、奴隷の論理にどっぷりハマったおバカさんとしか言いようがない。
 インターネットの問題点も全くこの義家はわかっていない。世の中が明らかに公平と公正を欠いた政治であることは明らかで、その中で支配者にとことん有利な仕組みを義家のようなネオナチジャパンの愚か者どもとそのイエスマン共が作る。
 そのことに対して絶望した人達がやる気を失い、どんどん社会に出て行かなくなってしまう。「アイツらが責任を取らないから」という不信感が生み出した闇なのは明らかだ。その共犯者である義家は恥を知れとしか言いようがない。
 作家の伊藤浩士氏にボロ負けし、道徳的にまずい人間関係までも暴かれたこの男にふさわしい道徳教育とは、イスラム国に自ら乗り込んでその熱血とやらでイスラム国の兵士たちを改心させることしかない。まあ、彼に熱血とやらがあればの話であるが…。

※それからもう一つ。
 『聲の形』批判で、極左共が騒がしいようだ。だが、私は批判が正しいと確信した。そもそも、私は作品そのものについては糾弾する必要はないと考えるが、作家のジーン・リースのように反論する権利は有しているのにすぎない。
 それに極左共は私を一方的にパブロン中毒=Michiko氏のペットと認定していたが、まさにレイシストの在日認定と本質は同じで、相手にする時間も暇もない。思想で言う守破離の離に至っている私には苦笑するしかない。
 せいぜい、ネットの中で喚いているがいい。独善的という意味ではバカウヨ共と本質は同じである。そんな彼らに外野で喚かれれば喚かれるほど、彼らによって私は我が批判の正しさを証明してもらっているのにすぎない。