2013年10月27日日曜日

戦う書評-その3-

2011年11月16日
渡邊恒雄 メディアと権力
 今回は魚住昭氏の著作・「渡邊恒雄 メディアと権力」(講談社)を取り上げる。
 くしくも「読売巨人軍」なる金権野球部の内紛が起きているようだが、それ以前に私は渡邊の悪事の数々を新生活日記で厳しく批判してきた。
 この著作はその批判の根拠を全て事実であることを改めて証明したほか、渡邊が出世する際にどれだけ姑息なことを繰り返してきたかをこれでもかと厳しく暴き立てている。Amazonではこのように評されている。

Amazon.co.jp
 戦後の読売新聞の成長ぶりは、日本の企業史上、特筆されるべきではないだろうか。戦前の新聞業界といえば朝日、毎日両紙の「朝・毎」の勢力が圧倒的。そのとき、両者に割って入る新聞が出てくることを予想できた人はまずいないだろう。それが、「朝・毎・読」となり、毎日の倒産劇を経て「朝・読」となり、ついには部数1000万という世界に類を見ない巨大新聞社になっていく。これが新聞社でなければ、ソニーやホンダ並みの評価を受けてもおかしくないサクセスストーリーだ。本書はそんな読売新聞の成長を支え、いまや「マスコミ界のドン」と呼ばれる影響力もつに至った渡邉恒雄にスポットを当てるとともに、マスメディアのあり方自体について問題提起した意欲作である。
 圧倒的な成功の陰に隠れてはいるが、読売新聞の不幸は、必ずしも商品である紙面そのものが他を圧倒したといえないところにある。本書の中で、読売記者OBが「僕らの不幸は最も優秀な経営者をボスとして頭にいただいていることだといつも思っていた。正力(松太郎)さんは天才的な事業家だけど、新聞をチラシ広告と同じぐらいにしか考えていなかった。務台(光雄)さんも『販売の神様』であってジャーナリストではない。渡邊(恒雄)さんもジャーナリストというより政界の人…」と、読売の歴代トップを評している。つまり、経営手腕は認めるが、それと健全なジャーナリズムの確立とは違うということを言っているのだ。
 実質上の3代目、渡邊恒雄は、政治部記者からトップに上り詰めた。本書によると、記者時代は、自民党の大物との交流を深め、保守の権化、反共の代名詞のような存在だった。しかし、学生時代には共産党活動に熱中し、挫折した経歴をもつ。社内の権力闘争にも同じようなことがある。自分が受け入れられないものには徹底的に反撃し、自分にすり寄るものは徹底的にかわいがる。このプロセスには、まるでジャーナリストとしての思考が見られない。記者出身であっても、あくまで政治屋としか評価されていない。
 読売が日本一の部数を誇りながら、必ずしも日本を代表する新聞と評価されない理由はこの辺にあるのかもしれないと感じる。(高橋泰平)

 渡邊は魚住氏のインタビューにこんな暴言を吐いている。
 「世の中を自分の思う方向に持っていこうと思っても力がなきゃできないんだ。俺には幸か不幸か1000万部ある。1000万部の力で総理を動かせる。小渕総理とは毎週のように電話で話すし、小沢一郎ともやってる。政党勢力だって、自自連立だって思うままだし、所得税や法人税の引き下げだって、読売新聞が1年前に書いた通りになる。こんなうれしいことはないわね」
 私はこの暴言を知って吐き気を感じた。そして、この男に「貴様は今すぐ死ね」と言い放ちたい。あのお笑いコンビ、ロンドンブーツ1号2号の田村淳がプロ野球巨人の清武英利球団代表兼ゼネラルマネジャー(GM)が渡辺を「コンプライアンス違反」などと批判した問題について、2011年11月14日のツイッターにこう皮肉った。
「巨人軍のトップダウン…偉い人?偉くなった人が自分の意思だけで、現場を掻き回すのは 良くない…和を整えるのが上に立つ人の役目では?…TVの現場でもよくある…糞食らえ! …もとい…排泄物お食べになって下さい♪」
 最後の一言は脱線したが、この批判の七割は正しい。

http://www.amazon.co.jp/%E6%B8%A1%E9%82%89%E6%81%92%E9%9B%84-%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%A8%E6%A8%A9%E5%8A%9B-%E9%AD%9A%E4%BD%8F-%E6%98%AD/dp/4062098199

2012年07月01日
惜別 さらばアメリカ
 今回取り上げるのは「惜別 さらばアメリカ」(清水信次著)である。
 正直に言って一部は賛同できない。

第1章 真の独立国家をいかに実現するか(軍隊のない独立国家など存在しない
海外派兵を厳しく禁じるべき ほか)
 私はこの第1章には批判的だ。
 コスタリカは非武装非同盟国として知られている。なぜできるのかを考えてほしいのが現実だ。
第2章 日本の針路は「歴史」に訊け(いまの日本を生んだ敗戦までの八〇年
五箇条の御誓文こそが日本民主主義の原点 ほか)
 私は個人的には事実を隠さず伝える事から全ては始まると考えている。
 パレスチナとイスラエルの不幸な紛争関係も同じ思想を何度も積み重ねていくしかないのだ。
第3章 次代を担う子どもの教育とは(技術を優先する戦後教育
魂を養うことは精神論ではない ほか)
第4章 壮心いまだ止まず(「拾った命」をムダにできるか
生かされた者の使命 ほか)
第5章 指導者よ、国を滅ぼすことなかれ(夢を語れぬ政治家と志を失った官僚
明治維新と敗戦が教えてくれること ほか)

 清水氏の危機意識は痛いぐらい良く分かるのだが、単にすべてを飲んでしまってはいけない。
 私は左翼でもなければ右翼でもない。護憲保守主義にすぎないのだ。また、金権政治に苦しんでいた日本に大きなメスを振るった三木武夫氏を私は尊敬している。そうした人たちの思想を日本は取り戻さねばならないと思っている。
 清水氏率いてきたライフコーポレーションは三菱商事傘下にあり、今度首都圏大手のヤオコーと提携する事になったが、私はその事をダイレクトに論評するつもりはない。ただ、「ああ、さよかいな」としか思わない。

2011年11月17日
ウォルマートに呑み込まれる世界
 今回は『ウォルマートに呑みこまれる世界』(チャールズ・フィッシュマン (著), 中野 雅司 (監修), 三本木 亮 (翻訳)、ダイヤモンド社 (2007/8/3))を取り上げる。
 
 ウォルマートが微笑むと、どこかで誰かがクビになる。世界最大企業ウォルマートは、米国人の生活、国内外のサプライヤーと従業員、そして環境問題に至るまで、地球規模でますますその影響力を増している。ウォルマートに生殺与奪権を握られた世界を鋭く描く(本の横帯から)。

 その言葉に相応しく、ウォルマートの格安路線の実態がこの作品ではこれでもか、これでもかと容赦なく暴かれている。例えばアトランティックサーモンでチリ産養殖品は劣悪な環境や不適切な廃棄物処分によって安くなっている実態はその一端にすぎない。
 リーバイスのジーンズだって、格安で売っているが実際はブランド全体のイメージを劣化させた。つまり、安っぽいというのだ。だが、これを単にウォルマートだけだと思ってはいけない。イオン、セブン&アイもやっている。ユニクロとてもやっているのだ。
 あのP&Gがジレットを合併したが背後にはウォルマートがあったという。つまり、人件費を削減するよう求めた結果両社が合併したというのだ。それを拒絶すれば、結果はウォルマートからの取引停止である。それで破産した企業は数多い。これで何が市場原理なのか。弱肉強食と人は言うのだ。
 その中でスナッパーという草刈り機のメーカーがウォルマートとの取引をやめているが、大量に売る代わりに値引きを迫られた為、商品のクオリティを下げて安くするなら取引停止を決めた。逆に、スプリンクラー大手のL・R・ネルソンは中国に工場を移転し、それだけ雇用を失った。そのほかにも破産に遭遇した会社は数多くある。
 これは、新自由主義の闇の一端にすぎないのだ。ただ、解釈はそれぞれ異なるがウォルマート傘下の西友でも恐らくそうした振る舞いがあるのだろう。従業員を粗末にしていて、まともな健康保険すら入れることを渋る企業はフェアと言えるのか、そうした犠牲の上に成り立つ価格破壊を我々はよしとするのかを考えるべきであろう。
 
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AB%E5%91%91%E3%81%BF%E3%81%93%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%82%8B%E4%B8%96%E7%95%8C-%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4478000905

2011年11月18日
再生したる!

 会社の再建話というのは、なかなか分かりにくい。
 だが、今回取り上げる『再生したる! ドキュメント「マイカル復活」1500日』(加藤鉱著、ビジネス社 2007年6月)はなかなか読みごたえがあった。この加藤氏、ヤオハン再建のドキュメントも書いていて、このシリーズには定評がある。
 以前、無責任連中書人両断でマイカル自称社長の山下幸三を血祭りにあげたが、実に寒気のする無責任ぶりがこれでもか、これでもかと暴かれる。私もよく分かる。ウォルマートには情報をじゃぶじゃぶ出して、イオンには出し惜しみだった、その際にウォルマートを「コスモス」、イオンを「シクラメン」と読んでいた、解雇された山下が部下に「俺はウォルマートがスポンサーになったら戻ってくるから、幹部を抜擢しておけ」という漫画そのものの指示をしていたことなどが明らかになっている。
 倒産する会社は、たいてい下らない隠し事をする。日本航空しかり、スルガコーポレーションしかり、こうした実態を我々はシビアに見つめ、分析するべきであろう。イオンから派遣された管財人はマイカルがあまりにも時代遅れであることに愕然としたという。彼らはまず、流通ビジネスの最先端の技術を教え込む事から始めた。
 むろん、そこには従業員の頑張りという要素もある。残った彼らは「ここでやらねばあかん」という根性がある。それが、スピード再建に結び付いたわけだろう。
 しかし、コミュニティ経済に対する考え方では大きなギャップがある。それはそれで、今後も考えていこうと思う。

http://www.amazon.co.jp/%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%8B-%E2%80%95%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%80%8C%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%AB%E5%BE%A9%E6%B4%BB%E3%80%8D1500%E6%97%A5-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E9%89%B1/dp/4828413545

2011年11月19日
『アシュリー All about Ashley』

 今回は故人となったが、カナダ人であるアシュリー・ヘギ(1991年5月23日 - 2009年4月21日)の『アシュリー  All About Ashley』(扶桑社、(2006/2/14))を取り上げる。
 独善そのもののポール・ワトソンと比較するとあまりにも度量の大きい人物だったと私は思う。人の10倍もの速さで年をとる難病『早期老化症(プロジェリアといい、世界で30-40人しかいない)』患者だったアシュリーは、14歳なのに身体年齢はすでに約90歳だった。患者の平均寿命13歳を越え、死に直面しても、『私はハッピー』と微笑む強さにはただ、もう恐れ入る。
 だが、そうしたものに見えない悲壮感を感じるのは私だけだろうか。作者の意向もあって分かりやすい本になっているだけ、それだけその思いは強く伝わってくる。

 みなさんにここでお願いがあります。
 読売新聞・スポーツ報知を買ったり、セ・リーグに行くお金があるなら、是非、太平洋大震災への募金に回していただきますようお願いします。その際、不透明な運営実態が明らかになっている日本ユニセフ協会を通すのではなく、赤十字やジャパンプラットフォームを通じて行いますよう、お願いします。
 皆さんの善意をお願いします。また、募金の金額よりも今後どれだけの支援をするかに重点を置いていただけると幸いです。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC-~All-About-Ashley~-%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%98%E3%82%AE/dp/4594051146

2011年11月20日
私がしたことは殺人ですか
 今回、このようなニュースを取り上げる。
 実にとんでもないことだと思う。

当時、県立大野病院の唯一の産婦人科医として働いていました。月一回の週末だけがお休みで、それ以外は毎日がオンコールだったんですけども、毎日がとても充実しておりました。スタッフもすごくいい関係でいたんですけども。2004年12月17日に私が執刀していました帝王切開術の手術中に患者さんがお亡くなりになってしまいました。主治医として大変つらい出来事でした。手術室から患者さんと一緒に病室に戻ってきて、私はベッドサイドに立ってですね、ご遺族の方や友人の方と思われる大勢の方々にですね、一時間・・・ぐらいだと思うんですけども、罵倒をされ続けたんですね。当時、罵倒されるというか、罵倒していただくぐらいしか、ご遺族の方には何もできることがないかなと、思っていたということもありまして。またその場に僕がいたということで、僕がご遺族にとって良かれと思っていたことがご遺族にとって本当によかったかどうかは分からないんですけども、私としてもですね、主治医として助けることができなかったと、いうことがとても悔しくてですね、傍にいたかったというふうに考えていた、ということを記憶しています。
「裁判が終わって、結局ご遺族の方とは一度もお会いすることもできなくて・・・、そうですね・・・、結局そうですね・・・、なんだか悶々とはしていますね、確かに。その代わりとは言ってはなんなんですけども、お墓参りを命日には行っていたことはあったんですけども、そのお墓も突然なくなってしまってですね、移動してしまったので最近行けていないですけども。今はもう避難されていますし、もう全然コンタクトも取れないし、取っても・・・向こうの方から見ても、僕なんかに会いたくない・・・というのもあると思うんですけれども。何かしらこう・・・言いたいことも、直接言いたいことも多分あるのかな、というのはあってですね。県内なので、どこでお会いするかは分からないんですけども、お会いしたら、お会いしたで、・・・大人の対応をしようとは思っているんですけども・・・」

 この発言は福島県立大野病院事件(2004年12月17日、福島県立大野病院で妊婦が帝王切開手術中に死亡。翌年3月、福島県は事故調査委員会の報告書を公表し、病院長らは「医療ミスだった」と認めて遺族に謝罪した。福島県富岡警察署は06年2月に執刀医だった加藤克彦を業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮捕。福島地方検察庁は同年3月に加藤氏を起訴、福島地裁で14回に及ぶ公判が行われた。逮捕されている加藤の様子がテレビで映し出され、「医者が患者の命を奪った」とするセンセーショナルな報道が医療者と患者の間の溝を深めたとも言われる。この間、医療界からは「患者を助けるために医療を行った医師が逮捕されるのはおかしい」と、加藤の無罪を主張する声が上がり、各地で支援活動が行われた。08年8月20日、地裁は加藤に無罪判決を言い渡した)の加害者だった加藤本人が10月8日、兵庫・尼崎市内で講演した際の内容である。
 そのなかで加藤は被害者に謝罪したいとしている。
 しかし、私は加藤を白衣のギャングとして厳しく批判した。さらに遺族は裁判の不当無罪判決にこのようなコメントを出して厳しく医療現場のゆがみを批判している。

【遺族のコメント】(「記者会見用資料」より)
 2007年1月26日の初公判から、「真実の言葉を聞きたい」との一心で、裁判の傍聴を続けてきました。警察・検察が捜査して、裁判になったおかげで、初めて知ったことがたくさんありました。
 私の娘は手術を受けるまで1カ月入院していました。助産師さんが「大野病院より大きな病院に転送した方がいいのではないか」と助言したり、先輩医師が娘とおなじ帝王切開既往・前置胎盤の妊婦を帝王切開して、「大量出血を起こし、処置に困難を来たした」と教えるなど、娘が入院している間、加藤医師には様々なアドバイスがありました。みんな慎重だったのに、なぜ加藤医師だけ慎重さがなかったのか、とても疑問に思いました。
 しかし、裁判は手術中の数分間、数時間のことを主要な争点として、進んでしまいました。弁護側の鑑定人として証言をした医師の方々も、加藤医師の医療行為を正当化する意見を述べました。その点をとても残念に思っています。
 加藤医師の逮捕後、私たち被害者が「警察に相談した」とか、「政治家に相談した」という噂が医療界に広がっていると聞いて、とても驚きました。病院から娘を引き取り、姿が残っている間、警察に相談するべきか幾度も自問自答しました。しかし、いろいろと考えて、私たちからは警察に相談しませんでした。娘のために動いてくださり、捜査に尽力された警察・検察の方々には深く感謝しています。この場を借りまして、御礼申し上げます。
 一方、医療界からは警察・検察の介入に対する抗議の声があがっています。しかし、娘の事故について、他の機関で警察・検察と同等の調査ができたのでしょうか。助産師さんや先輩医師がアドバイスをしていたことについても、県の事故調査委員会は把握していたのでしょうか。現在も疑問をもっています。
 医療界からは「1万分の1という極めて稀なケース」とか、「現在の医療では救命に限界があった」という声もあがっています。しかし、娘と同様の帝王切開既往・前置胎盤のケースにともなう癒着胎盤の危険性については、厚生労働省の研究班をはじめ、以前からいくつもの報告があります。また、ネットには「医師から2人目は産めないと言われていた」といった事実無根の書き込みがありました。こうした娘の死を蔑ろにする意見や表現は、亡くなってしまったとはいえ、娘に対する人権無視の誹謗中傷と受け止めています。
 この事件を「医療崩壊」や「産科医療」と結びつける議論がありますが、間違っているのではないでしょうか。そういうことを言う前に、事故の原因を追究して、反省すべき点は反省し、再発防止に生かすべきでしょう。医療界に、そのような前向きな姿勢が見えないのがとても残念です。「判決によっては、産科医療から手を引く」といった声も聞こえますが、自分の身内や大切な人が患者だったら、そんなことが言えるでしょうか。
 医療崩壊と結び付ける議論を耳にするたび、「娘は何か悪いことをしただろうか」と怒りを覚えます。娘が亡くなる時点まで、医療には絶対的な信頼を持っている一人でしたが、死亡後は日を重ねるごとに医療に対して不信感を深めています。
 患者も医師も不幸にさせないためには、リスクの高い患者はしかるべき施設に送るなど、しっかりとルールをつくり、守ることが大切です。再発防止を願う一人として、県病院局長宛に要望書を提出するつもりです。
2008年8月20日
福島県立大野病院で最愛の娘を亡くした父

 しかも、その当時の朝日新聞の記事によるとこのような驚くべき事実が明らかになった。

朝日新聞記事(福島)
asahi.comトップ > マイタウン > 福島
県立病院医師逮捕/応援の提案応ぜず
2006年03月10日
 県立大野病院で04年12月、帝王切開手術ミスで女性(当時29)を死亡させたとして同病院の産婦人科医、加藤克彦容疑者(38)が業務上過失致死と医師法違反の疑いで逮捕された事件で、女性が大量出血した後、院長が加藤容疑者に対し、ほかの医師への応援要請の提案をしたが応じなかったことが、県警の調べでわかった。県警は、加藤容疑者が提案に応じなかったことが、医療過誤が起きた原因の一つとみて調べている。福島地検は拘留満期日の11日までに起訴する方針だ。
 医療関係者が05年3月に公表した事故報告書によると、04年12月17日午後2時過ぎ、手術が始まった際、手術室には加藤容疑者と、外科医1人、麻酔科専門医1人、数人の看護師がいた。その後の県警の調べで、作山洋三院長も、同日午後3時15分に輸血用血液を、いわき市の血液センターに発注した後に、手術室に入ったことも分かった。
 県警は、手術時の様子を捜査するため、複数の病院関係者から事情を聴いてきた。
 県警によると、女性の胎盤をはがし、大量出血が起きた後、手術室に入った作山院長が、加藤容疑者に、ほかの医師に応援を頼むことを提案したという。だが、加藤容疑者が提案に応じず、1人で手術を続けたという。これについて、複数の捜査関係者は「(加藤容疑者が)自分の技術を過信していたことが、医療過誤に影響したのではないか」などと話している。
 関係者の話では、加藤容疑者は手術前、大野病院と以前から連携している民間病院の産婦人科医に、緊急時に応援に来てもらえるように依頼していた。女性やその家族に対しても、この病院名を挙げて、もしもの場合は応援してもらうと説明していた。
 女性は、子宮に胎盤が癒着する「癒着胎盤」の状態だった。癒着胎盤をはがす際には大量出血するおそれがあるが、加藤容疑者は手術前、女性が癒着胎盤かどうかを、強く疑ってはいなかったという。
 県によると、加藤容疑者は、大野病院ではただ1人の産婦人科医だったが、癒着胎盤の手術経験はなかったという。加藤容疑者は弁護士に「あんなに血が出るとは思わなかった」などと説明しているという。
(以上、朝日新聞記事)

 愕然とするべきことに、加藤は臨床現場に復帰し、現在は国立病院機構福島病院の産婦人科部長だと言うのだから信じがたい。
 では、加藤自称医師にはこの人物はどうか。

須田医師に医業停止2年の行政処分、川崎・筋弛緩剤事件で厚労省/神奈川
カナロコ 9月30日(金)0時15分配信
 川崎市の川崎協同病院で1998年、昏睡(こんすい)状態の患者が延命中止で筋弛(し)緩(かん)剤を投与され死亡した事件で、厚生労働省は29日、殺人罪で懲役1年6月、執行猶予3年の有罪が確定した須田セツ子医師(56)に対し、2年間の医業停止の行政処分を発表した。同日開催の医道審議会の答申を受けたもので、発効は10月13日。
 同事件をめぐっては、東海大「安楽死」事件(1995年3月、横浜地裁判決)以来、終末期の延命治療中止の違法性が刑事裁判で争われる異例の展開となり、最高裁が初めて判断を示していた。
 理由について、医道審議会は「法律上許される延命中止に当たらない」とした司法判断を追認した上で、「(東海大安楽死事件という)前例を勘案した結果」と説明。
 東海大事件で有罪判決を受け医業停止3年の行政処分となった元助手との差については、「2007年の医師法改正で、処分期間が最長5年から最長3年に改正されたため」と述べた。
 須田医師の有罪確定から処分まで1年9カ月と通常より時間がかかったことには、「県が本人に対して行う聴取や調査の報告が、審議会へ上がってくるのが遅かった」と説明した。
 須田医師は現在、横浜市港北区の診療所で治療を続けているが、医療行為に従事できるのは、処分の発効から2週間以内とされる。
 事件は、県警が02年に須田医師を殺人容疑で逮捕したが、須田医師は一貫して無罪を主張。09年12月、最高裁は上告棄却の決定で、「家族の要請はあったが適切な情報はなく、男性本人の推定される意思ともいえない」として、法律上許される延命治療中止に当たらないと判断していた。

 これに対して須田氏は無罪を主張している。
 その彼女の理路整然とした書籍が、「私がしたことは殺人ですか?」である。内容についてはここでは特に語るまい。彼女は今回の不当な判断に対して毅然とした態度をとった。

川崎・筋弛緩剤事件:須田医師は引退宣言「悔いない」/神奈川
カナロコ 9月30日(金)17時15分配信
「患者さんには申し訳ないが、自分としては悔いはない」。2年間の医業停止処分を受けた須田セツ子医師は29日夜、横浜市港北区の診療所で、さっぱりとした表情で語った。
 事件については「殺人をしたなんて今でも思っていないが、応援してくれた方々には感謝している」と話し、停止解除後は「自分と家族、友人のためだけに治療するつもり」と“引退宣言”した。
 2002年から自身が開く診療所は、元同僚に引き継ぎを頼んでいる。だが1日90人近い外来患者に加え、終末期の在宅患者もいる。「短期間での引き継ぎは無理。患者は、医者が代われば不安だろう。行政は、地域医療の実情を何も考えていない」と憤る。
 この日、厚生労働省から処分の連絡を受けた須田医師は、担当する在宅患者一人一人に電話した。「最後までお付き合いできなくてごめんね。でもそばにいるから」
 逮捕から約10年。この間、厚労省がガイドラインを策定するなど、延命治療の基準を確立しようという風潮が高まってきたと感じている。だが「基準を作れば作るほど、現場の医師は困惑し、結果的に患者の幸せにはつながっていないのではないか」と、あらためて問題提起した。

 須田氏は冤罪なのにもかかわらず政府の不当な処分を潔く受け入れた。
 加藤は須田氏以下なのは言うまでもない。以前、読売新聞の独裁者の渡邊恒雄に「貴様は今すぐ死ね」と言い放ったが、加藤にも同様のせりふしかない。以前、診療費が高い理由は医療に対する医師の責任が担保されたリスクプレミアム(投資用語なのだが、これは命の言葉にも言える)だからだと指摘したが、加藤はそのリスクプレミアムが欠けていたのである。
 そういう類にできる罪償いはただひとつである。医師免許を即刻潔く国に返納し、遺族に謝罪することだ。須田氏が医師を引退したのは自分自身の医療行為が正しいと言う強い信念があったからだ。信念がないのだから、罪から逃げ、メディアスクラムから逃げているだけなのだ。逃げずに自分の医療を堂々と語る須田氏よりも数段劣る、いや比較することがおぞましい。
 植草一秀氏が信頼されているのは痴漢の冤罪をきちんと説明し逃げないからだ。それに対して加藤は逃げているだけであり、釈明は三度しかないと言うのはその象徴だ(もっとも言い訳しても仕方がないと言うのもあるのだろうが)。父親が産婦人科医だったから医師を目指したと言うのなら、それぐらいの責任感はあるべきだ。
 ちなみに遺族は加藤の逃げる態度に不信感を抱き、墓を移したと言う。当然だ。さらに厳しい一言を加藤に加えなければならない。大阪の建築会社「金剛組」という会社があった。現在は高松建設の子会社になっているのだが、聖徳太子が593年、百済の技術者、柳重光(ユ・ジュングァン)を招いて建てた日本最古の寺院四天王寺が完工された後、「今後、あなたの家系は子孫代々にわたって四天王寺を補修し、管理する役目を担いなさい」と命を与えた。柳は故郷に帰らず、その子孫らは寺の建築を家業として引き継いだのがこの会社なのだが1930年代の日中戦争当時もすべての工事がストップしたため、倒産の危機に追い込まれている。これに、37代金剛治一社長は先祖に顔向けできないとし、切腹している。
 建設会社の社長以下とも加藤は言える。

 それと、2ちゃんねるの愚か者どもに警告する。
 アクセスはできないようにさまざまな手は打っているし、無断でコピーはできないようにしている。たとえどんな言い逃れをしても、法律で私はいくらでも反撃できる。村野瀬玲奈女史のように冷静な問題指摘をしているのならいいが、感情でコメントはやめてもらおう。
 また、メールアドレスのない投稿はできないようになっている。いい加減なことをすればするほどぼろぼろと矛盾点が暴かれるだけだ。

http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%81%E3%81%8C%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B-%E9%A0%88%E7%94%B0%E3%82%BB%E3%83%84%E5%AD%90/dp/4903853837


今回の参考資料
http://lohasmedical.jp/news/2011/10/13145147.php?page=3
http://lohasmedical.jp/news/2011/10/13145147.php?page=4

さらば外務省!
 外務省のだらしない実態を最初に暴いたのは田中真紀子だった。
 すさまじい腐敗をポストと引き換えに暴いたため、冤罪同然の疑惑を押し付けられたわけだ。ただ、田中が正義というわけでもない。皮肉なことに、鈴木宗男までもが外務省のお粗末ぶりを暴くことになった。
 レバノン大使まで務めたキャリアである天木直人氏が『さらば外務省!-私は小泉首相と売国官僚を許さない』を講談社 (2003/10)から出している。天木氏はヒトラー小泉を厳しく批判し、外務省エリート(これとても上にマヌケと付けてやりたいのだが)の腐敗をこれでもかと暴いている。
 たかが缶切りだけでギャアスカ騒ぐ小和田某といい、たかがキャリア試験に受かっただけでデカい態度をとれるとは、外務省とやらは藤枝俊一郎氏いわく害務省そのものではないか。
 前書きを見て、いかに腐敗がひどいかを見てほしい。


9月1日(月)午前、事務次官室--
竹内事務次官--「あれだけの電報を書くくらいだから、辞職は納得のことだと思う」
天木前大使--「辞職するつもりで書いたわけではありません。しかし、辞めろというのなら潔く辞める覚悟はありました。あれは小泉首相に対する私の建白書です。供覧していただいたのでしょうね」
竹内事務次官--「そんなこと僕は知らないよ」
天木前大使--「少なくとも、川口大臣にはお読みいただいたでしょうね」
竹内事務次官--「それも自分は承知していない」
 私は竹内次官の無責任な態度に唖然とした。都合の悪い意見は無視し、情報操作を行う官僚の高慢な態度と、このような官僚の越権を放置し、その上に乗っかって国家の運命を軽々に左右していく小泉首相の無責任さと危険性こそ、糾弾されるべきなのである。--「まえがき」より

 福山大学教授で、元衆議院議員である田中秀征氏(新党さきがけ)は日本の政治家を『ネズミの世話になっている猫』と喝破している。
 川口という政治家も、まさにこの言葉がピッタリだ。ヒトラー小泉の『拉致外交』がお粗末だったことも天木氏は指摘し、アメリカ偏重外交による日本の弊害を次々と暴いている。この書籍がベストセラーになったというのも、うなづけるわけだ。
 ただ、天木氏がすべて正義とは思わないでほしい。

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天木氏公式サイト http://www.amakiblog.com/

スペシャルオリンピックス
 今回は遠藤雅子氏の著書『スペシャルオリンピックス 』(集英社新書)を取り上げる。
 このイベントのきっかけはあのケネディ大統領の家族に、知的障がい者がいたことだった。家族が知的発達障がい者向けのキャンプを開設し、それが発展して世界的スポーツの祭典「スペシャルオリンピックス」となった。
 日本では世界大会が2005年2月に長野で開かれた。発祥の地アメリカではパラリンピックをしのぐ九五%の認知度がある。世界大会には各国や地域から数千人規模のアスリートとボランティアたちや、著名人らが集い、共に生きる喜びを謳歌する。
 以前、私は東京五輪誘致運動を批判し、スペシャルオリンピックスの誘致を求めた。しかしながら、東京都の頭はフランコ石原によって硬直化し、歪んでいるようで寝ぼけた五輪誘致運動らしい。はっきり言えば、その程度のおバカな知事を選んでいる東京都民のレベルの問題でもある。
 共生社会の象徴として、スペシャルオリンピックスを是非、誘致し、五輪にこだわらないでもらいたい。それで経済活性効果などないのだからだ。長野五輪で我々は失敗を知っているではないか。

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バブルパージ
 『日本はいまや腐敗列島。経営者はデタラメな経営を繰り返し、官僚は救いがたく墜落。しかも誰も責任をとらない。無知、無能、無責任のトップは直ちに辞表を書け!』
 こんな檄文を飛ばしているのはあの佐高信氏である。今回は佐高氏の著作『バブル・パージ』ー東洋経済新報社 (1998/04/16、1260円)を取り上げる。1998年の段階で日本は凄まじい腐敗列島だったが、その結果はクリーンだが無能な政治家どもの横行に繋がった。
 ポピュリズムの横行なんてまだかわいい。トンデモ政治家のオンパレードである。フランコ石原に宮崎のカダフィ東国原、浪花の毛沢東橋下、信濃のマッカーシー田中(康夫)、名古屋のゲッペルズ市長などそのいい例えではないか。そんなていたらくだから、ヘアヌードを雑誌で堂々と見せているグラビアアイドルが平然と政治家になろうとしたではないか。
 政治の仕事はそんな生易しいものじゃない。財政難なら議員の数を減らせばいいという安直な考え方はおバカそのものであり、むしろ議員の報酬を大幅に削減すればいい。民衆の声を削ぐ事なく、効率的である。
 この中で佐高氏の盟友である福山大学教授の田中秀征氏は『明の時代に宦官が不足して3000人程度大幅に雇ったと書籍で読んだことがあるが、後輩に先輩の宦官が「皇帝に考える時間を与えちゃいけない、遊ばせろ」と言っていた』という。それを田中氏は『日本の大臣に対して官僚がとっている態度と同じだ』と指摘している。
 これは、アメリカにオマヌケな思いやり予算(米兵の遊びにまで使われる国際法違反の代物)を押し付けようとしているネオコンにも当て嵌まる。彼らの信念を我々は厳しく査定すべきではないか。

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日本再生論
 では、どうやって日本再生を行うのかだが、ひとつの提案をしている書籍がある。『日本再生論-“市場”対“政府”を超えて』(金子 勝・ 著、出版社: 日本放送出版協会、2000/11)である。
 内橋克人氏も詳細なデータに基づき、規制緩和論が机上の空論であることを指摘しているが、この書籍もその流れを組む。金子氏は日本社会が徹底的に無責任であることを指摘している。確かにそうだろう、責任を押し付けあい、何かあれば部下になすりつけて自分は無傷というのが日本の特徴だ。
 オリンパスパワハラ事件など、その典型的なケースであり、日本社会を再生させるにはトップが責任を負う当たり前のルールを取り戻すことは必要不可欠であることは言うまでもない。それが出来ないなら、社会の再生は無理そのものだ。
 格差社会を解消するには公平な税制が不可欠であり、法人税・所得税は1984年レベルに戻し、富裕クラスには贅沢税、贅沢品には物品税、二酸化炭素排出の産業には炭素税と徹底的に税金でしめつける一方、炭素税の軽減の条件に排気を野菜工場や温泉に活用するビジネスを導入するなど新産業の育成とそれに伴う正規雇用の創出はワンセットでなければならない。
 金子氏はこうした事も含めて建設的な提案を行っており、説得力もある。竹中平蔵と比較すると数段レベルは高い(竹中が金子氏のレベルと同等という見方が間違っている)。
 ただ、マルクス経済学はこの時代を乗り切る道標にはならない。なぜなら、経済は国家がコントロールできるものじゃない。だがルールを定めて守らせるのが審判員としての国家の仕事だ。

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金子勝氏 公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/kaneko_masaru/

2011年11月20日
私はニッポンを洗濯したかった
 今回は内閣官房長官・大蔵大臣を経験した武村正義氏の『私はニッポンを洗濯したかった』(毎日新聞社・1890円、2006年1月)を取り上げる。
 この武村氏は保守派でも割と話が通じるような思想である。護憲思想を徹底させ、『小さくともキラリと光る国』として環境保護、制度改革を訴えてきた。ちなみに官房機密費については、担当者から「一切記録に残すな」と言われたという。
 自社さ連立が真っ当だったのは、「3・2・1」のルール、つまりあらゆる決め事は自民党3、社会党2、さきがけ1の比率で採決していたことだ。予算や法律は社会党やさきがけの反対があれば決定できない仕組みだったのも大きい。
 武村氏が保守政治家として信頼に足る存在になったのは南太平洋のムルロワ環礁でフランスが核実験を強行した際、様々な反対を押し切ってデモに参加したことだ。これでフランスは好き勝手出来にくくなった。
 この本では書かれていないが、武村氏はかつての教え子である鳩山由紀夫には厳しいようだ。さきがけ分裂の戦犯である以上に、無理な公約ばかり掲げたことに呆れていたようだ。もっとも気骨の一つもない鳩山マザコンブラザーズに期待することが大間違いなのだが。
 武村氏には今後、気骨ある後進を育成していただきたいと願っている。

http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%81%E3%81%AF%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%82%92%E6%B4%97%E6%BF%AF%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F-%E6%AD%A6%E6%9D%91-%E6%AD%A3%E7%BE%A9/dp/4620317500

2011年11月24日
もの食う人びと
 辺見庸という、ジャーナリストが書いた『もの食う人びと』(共同通信社)を今回取り上げる。
 このコラムは食べる事を通じて社会を問い掛けるものであり、実に面白い。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、ロシア、そして韓国にまで著者の旅は広がる。韓国では従軍慰安婦の女性とお会いしたそうで、生々しい証言も出ている。さあ、ポルポト石原よ、それでも従軍慰安婦は幻とほざけるか。
 ポーランドでは元大統領と食事したりと、著者の好奇心はとどまることを知らない。このコラムは軽いと同時に、重いテーマを突き付けている。
 ちなみにギリシアの財政難については、以前私は法人税が安い事が問題点だと指摘し、公平な税制の観点からもフランスレベルにまで法人税・所得税を上げて、政治屋どもがギリシアに私財を提供すべきだと指摘した。
 五輪をやった国や地域というのは、ほぼとんでもない反動を引き起こす傾向がある(オーストラリアは例外だったが)。ギリシアもそのご多分に漏れなかったわけである。そして、その歪みをそのままに東京五輪の妄想を石原は膨らませているわけである。日本では長野五輪で教訓を得たのにもかかわらず…。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%82%E3%81%AE%E9%A3%9F%E3%81%86%E4%BA%BA%E3%81%B3%E3%81%A8-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%BE%BA%E8%A6%8B-%E5%BA%B8/dp/4043417012

元気です、17歳
 今回は井上美由紀さん著の『元気です、17歳 500gで生まれた全盲の女の子』(ポプラ社、2002年10月)を取り上げる。
 この本は小学生でも読みやすい。ルビがついているからで、一言でいうならば、少女版『五体不満足』である。
 著者は今、どこで頑張っているのかは私にはわかりかねる。しかし、彼女の幸せを祈りたい。何かを失っても、残ったもので輝けばいい。シンプルな内容ではあるが、シンプルだからこそ、伝わる何かが彼女の著作にあったのかもしれない。
 そんな善意を、今の政治屋どもや顔のない官僚達に求めるのは無理な事なのかもしれない。特に、永田町でその場しのぎの権力を求めて暗躍するスターリン仙谷、トイプードル前原やネロ菅、迷惑な渡部恒三には無い物ねだりであろう。
 ただ、同時に私は申し上げたい。彼女をか弱い女性ととらえるのではなく、一人の成熟した思想を持った女性として受け入れたいと言うことだ。全盲だからかわいそうと言う見方ではかえって相手を侮辱することなのだ。

http://www.amazon.co.jp/%E5%85%83%E6%B0%97%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%8117%E6%AD%B3%E3%80%82%E2%80%95500g%E3%81%A7%E7%94%9F%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%85%A8%E7%9B%B2%E3%81%AE%E5%A5%B3%E3%81%AE%E5%AD%90-%E4%BA%95%E4%B8%8A-%E7%BE%8E%E7%94%B1%E7%B4%80/dp/4591073920