2013年10月29日火曜日

崩れた金融ビックバン じもとホールディングスの場合

2012年05月09日

じもとHDを設立、きらやか銀行と仙台銀の経営統合で
2012年 04月 26日 17:03 JST


[東京 26日 ロイター] きらやか銀行(8520.T)と仙台銀行は26日、10月1日付で経営統合すると発表した。新しい共同持ち株会社「じもとホールディングス」(本社仙台市)を設立し、山形県と宮城県の両県を結ぶ一体経営により、東日本在震災後の産業の再生・活性化を狙う。

新持ち株会社の傘下に、きらやか銀行と仙台銀行が子会社として入り、「じもとグループ」として一体経営をする。各行名はそのまま残し、名称変更は予定していない。統合に関する発表資料で両行は「顧客に喜ばれ、信頼され、『じもと』とともに進化・発展する金融グループ」になるとの方針を示した。

山形県を拠点とするきらやか銀行には店舗が117あり、宮城県を拠点とする仙台銀行には72店舗がある。隣同士の県に位置する両行は統合により、地元の産業や文化を1つの経済圏として経営し、経済や観光の活性化を加速する計画だ。両行のノウハウの融合や基幹システムの統合などでコスト削減も目指す。

両行の預金残高は2012年3月期(速報値)2兆0541億円で、東北の地銀13行のうち6位、コア業務純益は昨年3月期の実績ベースで61.8億円。新グループは3年後に、預金残高2兆2000億円、コア業務純益90億円を目指す。貸出残高は12年3月期(同)の1兆4434億円から3年後に7.3%増の1兆5500億円を目指す。

統合に向け、きらやか銀行の普通株1株に対し、じもとHDの株式1株を割り当てる。仙台銀行の普通株1株に対し、じもとHDの6.5株を割り当てる。きらやか銀行は監査法人トーマツ、仙台銀行はKPMG・FASを第三者算定機関に任命し、株式移転比率の算定書を受領した。

じもとHDの会長には、仙台銀行頭取の三井精一氏、社長にはきらやか銀行頭取の粟野学氏が就任する。東京証券取引所に上場しているきらやか銀行の株式は9月26日に上場廃止となり、じもとHDの株式は10月1日に東証に新規上場する予定。

(ロイターニュース 江本 恵美、編集:内田慎一)

 このきらやか銀行、もともとは二つの銀行が経営統合してできたものである。
 その歴史を見ていく必要がある。




殖産銀行
1914年1月3日 - 山形殖産株式会社として設立(営業開始は同年2月1日)
1915年 殖産会社より無尽会社に転換、山形殖産無尽株式会社に商号変更
1951年 相互銀行に転換、株式会社殖産相互銀行に商号変更
1988年 秋田支店を廃止、秋田県から撤退する
1989年2月1日 - 普通銀行に転換、株式会社殖産銀行に商号変更
1994年 徳陽シティ銀行、北日本銀行と合併で平成銀行を発表も破談。
1998年 勘定系システムをACROSS21へリプレース
2005年  きらやかホールディングスの完全子会社化
2007年5月7日 - 山形しあわせ銀行と合併し、きらやか銀行に改称。同時に、本店所在地移転。これに伴い、旧殖産銀行本店営業部は「きらやか銀行桜町支店」となった。

山形しあわせ銀行

1941年 両羽無尽株式会社設立
1951年 株式会社山形相互銀行に商号を変更
1989年 普通銀行へ転換、株式会社山形しあわせ銀行に商号を変更
2001年 ISO14001認証取得
2005年 きらやかホールディングスの完全子会社化
2007年 殖産銀行と合併し、きらやか銀行となり、法人解散

きらやか銀行

2007年
5月7日 - 株式会社殖産銀行が、株式会社山形しあわせ銀行と合併し、株式会社きらやか銀行に改称。
2008年(平成20年)
1月 - 51歳から58歳の行員を対象に希望退職者180人を募集、ほぼ予定人数が応募した。
10月1日 - きらやかホールディングスを吸収合併。東京証券取引所2部に再上場。
2009年
9月30日 - 優先株の発行による200億円の公的資金の注入を受ける。
2010年
7月16日 - 東北財務局より業務改善命令の発動を受ける。
2012年 10月1日 - 仙台銀行と金融持株会社・じもとホールディングスを設立の上、経営統合する予定。

きらやかホールディングス
2005年10月1日 山形しあわせ銀行と殖産銀行(東証2部上場)が経営統合する目的で、共同株式移転を行い、両行の共同持株会社として設立される
2005年10月3日 きらやかホールディングスが殖産銀行に代わって東証二部に上場。
2007年5月7日 両行の経営統合できらやか銀行が誕生。
2008年10月1日 今後の経営の迅速化を図る目的に、きらやか銀行に吸収合併された。

仙台銀行


1951年(昭和26年)当時、振興無尽株式会社が設立された。そして、翌年には相互銀行法の施行から振興相互銀行へと商号変更し、1989年(平成元年)には普銀転換。仙台銀行に改称をした。
かつては、宮城県第3位の金融機関であったが、徳陽シティ銀行の破綻によって、そのほとんどの事業譲受がなされたため地位の向上がはかられた。
1951年 宮城県内における商工業界の深刻な資金難を解決すべく佐々木家寿治知事の提唱により、地元自治体、商工団体、経済界などの出資により振興無尽株式会社設立
1952年 株式会社振興相互銀行に改称
1969年 現本店落成
1989年 普通銀行に転換。株式会社仙台銀行に改称
1998年 経営破たんした徳陽シティ銀行より19店舗譲受(うち既存2店舗は統合)
1999年 山形支店を廃止し、荘内銀行に営業譲渡
2000年 4月、仙銀カード株式会社設立
2011年 4月1日、仙銀カードを吸収合併。UCカードのブラザーズカンパニーとして、当行カード事業部発行のUCブランドのクレジットカードの発行を開始。

 この銀行グループはかつて経営統合の動きがあった。
 たとえば平成銀行構想である。徳陽シティ銀の救済を目的に殖産銀行と北日本銀行(岩手県盛岡市)との合併構想である。だが、その構想は発表からわずか二ヶ月で撤回に追い込まれ、德陽シティ銀行はその後経営破たんするのである。そのほかにも殖産銀行と荘内銀行によるミライオン銀行計画もあった。
 金融機関の経営統合は誰のためにあるのか。顧客のために、従業員のために経営陣は何をすべきなのかを考えるべきだろう。