2013年10月19日土曜日

地方百貨店を考える 小田原・入船志澤の場合



 今回、取り上げる百貨店は小田原にあった入船志澤という企業である。
 この企業は小田原の他、平塚や藤沢にも店舗を持っていた。私は15年前に箱根を訪れた帰り、この店舗に立ち寄った記憶が若干残っているが、その時には既に西武百貨店のロゴマークが堂々と出ていた記憶がある。
 志澤は経営不振だったため、クレディセゾンを通じて西武百貨店と提携し、藤沢にあった志澤は西友に経営譲渡されたそうだ。その後、3店舗とも閉鎖となっている。今回、添付するファイルは神奈川新聞より調べたものである。

小田原・入船志澤
 1947年 日本橋で絹布問屋を経営していた志澤宏一が故郷小田原にて呉服店を創業。
 1956年 平塚に百貨店開業
 1968年 小田原本店を栄町3丁目から栄町1丁目に移転
 1972年 厚木に新規開店
 1974年 藤沢駅前に支店開業。
 1975年 8月、セゾングループと提携。西武百貨店が30%出資する。
 1978年 9月15日、西友が藤沢店の経営権を買収。経営再建のため平塚、厚木は閉鎖。
 1980年 経営再建のため西武クレジット(現クレディセゾン)と合併。その後アムス西武を経て西武百貨店が志澤の運営を担当した。
 1997年 店舗の老朽化と収益改善が見込めない為小田原店を閉鎖
神奈川県大百科事典より参照

 これは極めて最悪の結果である。千葉市にあった田畑百貨店が形を変えてパルコとして生き延びているのに対して、小田原入船志澤は形すらないのだからだ。ましてや、インターネットの発達により東京と地方の距離はバーチャル空間の上では解消されている。
 そのなかで起きるのはすさまじいまでの競争である。「価格破壊」なんてものでは済まされない。地方百貨店はその暖簾に託された地域住民の文化を失い、もはやマクドナルドのように画一化された。そこにあるのは徹底された効率性だけで、こころのないサービスが横行する。
 そうしたやり方が果たして正しいと思うのだろうか。私達は考え直すべき時期に来ている。