2013年10月19日土曜日

地方百貨店を考える 高知・土電会館の場合



 今回、高知市にあった百貨店・とでん西武を取り上げる。
 この百貨店は1958年に土佐電気鉄道が建設した「土電会館」が前身だそうだ。百貨店、レストラン、映画館、結婚式場、文化ホールまで備えた時代の最先端をいく施設で、土佐電気鉄道のターミナルビルとして建てられた。
  オープン当初は順調に業績を伸ばしたが、徐々に厳しい状況となり、マイカーの普及が影響を与え、経営を圧迫するようになった。そして、1973年11月 30日に、西武百貨店との資本提携により50パーセントの合弁会社「とでん西武百貨店」と名称を変えて新たにスタートし、翌年には大幅な増改築を行った。
  バブル景気に向う1980年代から1990年代初頭にかけて、とでん西武の最盛期だった。売上高は、1991年の126億円がピークだった。1992年に は土佐電鉄から西武百貨店が株式を買い取り「高知西武」と名称変更した。しかし、バブルが崩壊してからは売り上げは下がり、2000年12月に「イオン高 知ショッピングセンター」(現・イオンモール高知)がオープンしてからは決定的に客足を奪われ、2002年2月に「高知西武」は閉店を発表。そして、同年 12月25日に閉店した。
 これはWikipediaから調べた。そのあと、呆れた事がこの跡地であった。なんと、オーナーズ・ブレインという不動産開発業者を経由してアーク不動産という大阪の業者が買い取り、跡地になんとパチンコ施設をつくる顰蹙極まりない計画をしでかした。
 共産党の発行する高知民報によると、出店する業者は延田エンタープライズという会社で、地下1階には商業施設を設けるそうだが1階にはパチンコ施設だそうだ。そしてその周辺には駐車場700台を整備するようだが、これは極めて愚かな計画ではないか。
 地域住民は遺憾を表明したのも当然だ。2009年11月にアーク不動産に売却した直後から、パチンコ店の出店が取りざたされ、それに反対する「西武跡地を考える会」は昨年12月、県や高知市による買い取りを求め、2万9千人分の署名を知事と市長に提出していたそうだ。
  同会の竹本昭和会長(土佐電鉄社長)は10日、市内で会見し、「はりまや橋の四つ角は観光に強い高知をめざすうえで、強いブランド力がある場所。パチンコ 店出店は避けたかった。観光客や県民が安心して楽しく過ごせるファッションビルなどの施設ができてほしかった」と残念がった。ただ、「署名活動で一定の配 慮を引き出す効果はあった」と述べ、署名活動の中止を表明した。
 私はギャンブルには更なる規制をかけるべきだと考えている。パチンコが換金できないなら全然問題はない、むしろストレス発散には構わないのだが、換金できるから強盗事件だって起きる、更にヒートすれば消費者金融に行ってでも金をつくってやろうとするのだ。
 そんな事を放置するようでは自民党にせよ、民主党にせよお粗末ではないか。むしろ規制を強化して換金をしにくくしないといけない。隣国韓国ではパチンコによる賭博は禁止されているのだ。たとえ100人雇用が創出されようが、それは目先の結果でしかない。
 私はそれより、派遣・請負雇用を規制して正規雇用を義務付けることやサービス残業の禁止による正規雇用、過労死が出た職場には強制的に正規雇用で適切な人員配置を命じるなどの規制が雇用創出に結び付き、経済の活性化に結び付くと考える。
 

今回の引用記事
延田(のぶた)エンタープライズ 高知出店
総合ニュース 高知民報
2010-3-12 02:50

Wikipediaより とでん西武



1 ■無題
「傷だらけの山河」という映画をみたことありますか。石川達三が堤康二郎をモデルに書いた小説を山本薩夫監督に山村聡主演で映画化したものです。
去年DVDにもなりました。
戦後、土地と店と電鉄で発展してきた日本経済をよく描いています。
ruhiginoue 2010-05-17 14:30:03

 井上静さんはこのようなコメントを寄せていただいた。
 たしかにそうである。この映画は見たことはないが、私は堤一族の複雑な家族構成を知っており、セゾングループが後にインターコンチネンタルホテルを買収したのも堤清二さんの異母弟・義明へのライバル心もあったと言う話も納得はする。