2015年3月22日日曜日

講談社のおぞましき矛盾~「聲の形」は許されて「境界のないセカイ」は許されない二枚舌ロンリ~

「聲の形」「ギャングース」 マンガでバリアフリーを考える オリコン



『聲の形』『ギャングース』…漫画でバリアフリーを考える

オリコン2月27日(金)10時0分


NHK・Eテレの障害者のための情報バラエティー『バリバラ』(毎週金曜 後9:00)。27日放送は「マンガナイト」と題して、身体的な障害や貧困、虐待といった生きづらさを描いた漫画をとおして、バリアフリーについて考える。
  番組では、『聲の形』(作:大今良時)、『ギャングース』(作:肥谷圭介、ストーリー共同制作:鈴木大介)、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(作: 押見修造)の3作品を紹介。ゲストのロックミュージシャンの大槻ケンヂやお笑い芸人の小沢一敬(スピードワゴン)、タレントの原田まりる、春名風花らが、 作品の魅力をプレゼンテーションし、意見を交わす。
 『聲の形』は、『週刊少年マガジン』(講談社)に連載され、『このマンガがすごい 2015』(宝島社)のオトコ編1位に選ばれ、アニメ化も決まっている作品。主人公の石田将也が小学生の頃、いじめていたのは、聴覚障害を持っていた転校 生・西宮硝子。ところがある日を境に立場は一転。将也がいじめられる立場になる。それから5年後、高校生になった将也はいじめによって、壊してしまった関 係を取り戻そうと決意するが…。簡単には拭い去れない過去、罪悪感に葛藤しながら、他人との距離をつかめず苦悶し続ける若者たちが描かれている。
 大槻は、同作の吹き出しの中に見られるある工夫について、「文字の右半分をバッサリ削ってみることによって聴覚障害(ヒロインは右耳が特に聞こえにくい)の方の世界観を描いたのは、漫画の手法としてすごい」と絶賛。
  『ギャングース』は、子どもの貧困、虐待、生きづらさという重いバリアを扱った作品。 生まれた時から親に虐待され続け、ろくに学校も行けずに青春期を少年院で過ごしたカズキ・サイケ・タケオの3人は、生き抜くために犯罪者だけをターゲット にした“タタキ”稼業を開始する。未成年の犯罪を取材している鈴木大介氏の『家のない少年たち』が原作。物語はフィクションだが、取材した現実をもとに漫 画は描かれ、これまで語られることのなかった現代日本の闇社会をリアルに浮き彫りにする。
 『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』は、押見氏自身の体験をもとに、きつ音に苦しむ主人公・大島志乃たちがコンプレックスを抱く自分と向き合う不器用な青春ストーリー。
 また、昨年12月放送された特集ドラマ『悪夢』の再放送も決定(28日 後3:00〜4:29)。本編は新シーンを加えた拡大版(67分)で、出演者によるアフタートーク(22分)もある。




 大槻たちに言っておきたいが、私は拙コラムで『聲の形』を批判し続けてきた。
 それは、表現者の使い方一つで人の人生が狂ってしまうという危険なリスクを作者の大今がどこまで認識しているかという疑問だ。
 だが、大今は全くわかっていないらしい。これにはさすがに絶句して呆れ返ったほどだ。

大今良時さん『聲の形』 「このマンガがすごい!」1位

 識者投票によるランキング本『このマンガがすごい! 2015』で、『こえの形』(講談社)がオトコ編1位に輝いた。聴覚障害者へのいじめというショッキングな内容を扱う同作に込めた思いを、作者の大今良時おおいまよしときさん=写真=に聞いた。
 『聲の形』は2008年に「週刊少年マガジン新人漫画賞」に 入選したが、難しい問題を扱っていることもあって、しばらく掲載が見送られていた。全日本ろうあ連盟が監修に入り、社内で協議を重ねた上で読み切りを2度 掲載、13年8月から1年余り連載された。1位の栄冠について大今さんは、「たくさんの選考委員に選んでいただく『賞』のようなものだと感じました。賞を 目指して描いたわけではありませんが、やはりうれしかったです」と笑みをみせる。
 主人公の石田将也しょうやは小学生時代、級友と一緒に、耳の聞こえない転校生・西宮硝子しょうこをいじめる。補聴器を壊したり、ノートに落書きをしたり。やがていじめの矛先は将也に向き、彼は周囲から孤立していく。

聴覚障害は一つの個性

 大今さんは母親が手話通訳者だったこともあり、聴覚障害者は 身近な存在。「描くことに抵抗はなかった。障害者だから特別な存在というわけではなく、ひとつの個性として描きたかった」。ただ、西宮を描く時にはリアリ ティーにこだわり、どのくらいの音量が聞こえ、どの言葉が発音出来ないのかを細かく設定した。「石田君、どこ行くの?」を「いちだくぅ、どこいうお?」な ど、聴覚障害者がどんな発音をするのかも、一つひとつ、母親や全日本ろうあ連盟に聞いて調べた。
 テーマは障害だけでなく、コミュニケーションの難しさだとい う。「自分の気持ちをうまく伝えられない西宮、周囲から理解されないと思っている石田のような人たちに向けて描きたかった」。登場人物の気持ちや行動につ いて説明がされないままストーリーが進む場面も多い。「伝える手段は言葉や手話だけではない」。読者は表情や細かいしぐさなどからメッセージを読み取り、 登場人物の感情を想像していく。
 読み手が痛いほど心を揺さぶられるのは、「石田と読者の目線 を合わせるようにした」からだろう。「(小学生時代の)石田にとって西宮をいじめることは、虫をいじめるのと同じこと」。なめくじに塩をかけたり、アリを つぶしたりするシーンも描き、誰しも経験がありそうな出来事と関連づけたという。高校生になった石田は過去を清算するために西宮に会い、2人は次第に打ち 解けていく――。
 連載中は「この作品は、耳が聞こえないことを『個性』として描いてくれている」、「現実は、こんなに楽じゃない」とさまざまな感想が寄せられた。「どんな形であれ、リアクションがあることがうれしかった」
 まだ25歳。本作は冲方丁うぶかたとうさんの小説を原作としたデビュー作『マルドゥック・スクランブル』に続いて2作目だ。「今度はSFものを描きたい」と意欲をみせた。
 (山口千尋)

 はっきり言っておかねばならない。
 まず、大今は大きなミスをことごとく犯した。売れるためなら、障がい者が生活者として生きている現実を明らかにそぎ落としている。美少女難聴当事者という設定の段階でもう終わっている。更に突っ込んで言えば、明らかに人工内耳が使えるのにもかかわらずそれを無視した段階で完全に難聴当事者を侮辱しているとしか思えない。
 確かに、神経にダメージがある場合は人工内耳は使えない。だが、話の脈絡から見るに明らかに使える可能性は極めて濃厚だ。更に突っ込んで言おう、石田将也は明らかに発達障がいの可能性が高い。障がいが一体何なのかを大今はわかっていなさすぎた。
 そんな無知な大今と講談社が最低のタッグを組んで売れるためならなんでもありというのが今回のこの「聲の形」だったのだ。アニメ化を知った時、私は怒りを覚えたほどである。そんな講談社が人権を考慮したとほざいてこんなアホなことをやらかした。

【境界のないセカイ】講談社がLGBTへの配慮で発売中止か 「腫れ物扱いは不幸でしかない」The Huffington Post  |  執筆者: 安藤健二

投稿日: 2015年03月16日 12時33分 JST 更新: 2015年03月17日 13時34分 JST
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 講談社から3月9日に発売予定だった幾夜大黒堂(いくや・だいこくどう)さんの漫画「境界のないセカイ」の単行本が発売中止となり、ウェブ上での連載も打ち切られることになった。幾夜さんのブログによると、性的少数者(LGBT)からのクレームを恐れた講談社側の意向で発売中止になったという。これを受けて、DeNAが配信する「マンガボックス」での連載も15日公開の第15話で打ち切られることになった。
 この漫画は医療技術が進んだ未来社会を描いたラブコメディ。「性選択制度」で、18歳以上の国民が男女の性別を自由に選択できるようになっているという設定だ。高校3年生の勇次が、女性に性別変更した従兄弟の「啓ちゃん」への思いを募らせていく様子を描いている。
 幾夜さんによると、講談社が特に問題視したのは第5話で登場するバーチャル・リアリティ装置で、勇次が女性の体を疑似体験したシーンだ。オペレーターの女性が「女性なら男性と恋するのが普通でしょう?これは女性の人生を体験するコースですから」という台詞があった。
 幾夜さんはブログで次のように書いている。
  講談社さんが危惧した部分は作中で"男女の性にもとづく役割を強調している"部分で、「男は男らしく女は女らしくするべき」というメッセージが断定的に読み取れることだと伺っています。(私への窓口はマンガボックスさんの担当編集氏なので、伝聞になっています)これに対して起こるかもしれない性的マイノリティの個人・団体からのクレームを回避したい、とのことでした。
「境界のないセカイ」マンガボックス連載終了のお知らせ: 幾屋大黒堂Web支店 @SakuraBlog)
 この描写について幾屋さんは「主人公の変化を描く過程の一部でした」として、次のように説明している。
    この作品は男女の性別の行き来が可能になった世界を描いています。その世界ではセクシュアリティに特に疑問を持たない、無関心な人たちは「男(女)が好きなら女(男)になれば良いのでは?」と考える人が比較的多いのではないか、と考えていました。そして物語が進む中で主人公はヒロインをはじめとして性の越境を行った人に触れる中で、こうした無関心から来る考え方にすこしづつ疑問を抱いていき、最終的には多様な生き方に寛容な考えを持たせていくつもりでおりました。(同上)
 その上で「せっかく性的マイノリティへの理解が進んできたのに、一転して腫れ物扱いされてしまうようになってしまったら不幸でしかない」と、発売中止に悔しさをにじませた。幾夜さんは、この作品の単行本の新たな発行先や連載媒体を募集しているという。
 この件について講談社は「担当者が不在なので回答できない」とコメントしている。
【UPDATE】講談社の週刊少年マガジン編集部の担当者に連絡が取れた。「僕らとしてはそうした発言をしたつもりはないが、現在、関係各所に事実関係を確認している。近日中に会社として公式発表をする予定だ」と話している。(2015/03/16 15:37)



【境界のないセカイ】発売中止にLGBT団体が声明「作品に問題はない」The Huffington Post  |  執筆者: 安藤健二

投稿日: 2015年03月19日 10時15分 JST 更新: 2015年03月20日 15時00分 JST
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 講談社から発売予定だった幾夜大黒堂(いくや・だいこくどう)さんの漫画「境界のないセカイ」が発売中止となったことについて、性的マイノリティ(LGBT)の団体「レインボー・アクション」が3月18日、ネットに声明を発表した。
 作者の幾夜さんは「LGBTからのクレームを恐れた講談社側の意向で発売中止になった」とブログで述べていた。しかし、レインボー・アクションは声明の中で「他の作品と比べて特段の問題があるとは思われません」として、過剰な自主規制をやめるように訴えている。

    ●この作品の性に関する描写に、他の作品と比べて特段の問題があるとは思われません。
    ●「性的マイノリティの団体・個人の圧力」という多分にフィクショナルな理由に基づき、表現行為に対して自粛を迫るという行為がもしもあったとするならば、それは人権を守るためとても大切な、表現の自由を抑圧するものだろうと考えます。
    ●それはまた、「性的マイノリティの団体・個人」を怪物視・あるいは怪物化し、性に関する差別を助長するものに他なりません。
    ●もちろん、性に関する差別表現に対しては、これからも引き続き闘ってまいります。
    (レインボー・アクション 『境界のないセカイ』発売中止・連載打ち切り問題へのレインボー・アクションの立場表明 2014/03/19)

 こんなふざけた話、許していいのだろうか。
 聲の形こそ書きなおすべきシロモノなのは誰の目からしても明らかだ。売れている売れていないだけでまさに特権なのだから心の底から私は講談社に怒りを覚えた。
 講談社は最近間違った方向に進んでいる。極右作家で悪名高い百田尚樹の「永遠の0」なるジャンクブックを文庫本化した失態、南アフリカへの悪質なヘイトスピーチを放った曽野綾子をかばう罪など、その姿勢はあまりにもおかしい。
 更に、カネボウ事件も取り上げておきたい。これはその当時カネボウの独裁者として悪名高かった伊藤淳二を評論家の佐高信氏が「日本に異議あり」という週刊現代のコラムで皮肉交じりでこき下ろしたコラムだが、伊藤はこの批判に激怒して広告を下ろすと恐喝し、佐高氏のコラムを打ち切らせた。そればかりではない、伊藤は『東洋経済』 のコラムもやめさせるよう圧力をかけたのだったから、講談社の気骨のなさには唖然とするのではないか。今の企業でも、アイエスエフネットのように性的マイノリティを雇用する会社はある。そういう人達に対してあまりにも失礼極まりない振る舞いではないか。
 大今と講談社はアイエスエフネットから学ぼうとしていないだけである。そんな未熟コンビが、「聲の形」をアニメ化する段階ですでに終わっている。更に突っ込んで言えば、人の命とは何かを突き詰めて考えようとしていない段階で、最近の漫画は質が落ちている。「四月は君の嘘」も最後はまさにその過ちを犯している。更に目を覆うべきシロモノは「ドメスティックな彼女」で、しょっぱなから性交なのだから開いた口が塞がらない。
 池波正太郎氏がもし生きていたら、あまりの幼稚さに呆れ返ることは請負だ。「剣客商売」は奥行きのある作品であり、私もファンの一人なのだが、池波作品で特に私が好きなのは「男振」という作品である。「若くして頭髪が抜け落ちる奇病を主君の嗣子・千代之助に、侮蔑された17歳の源太郎は、乱暴をはたらき監禁される。別人の小太郎を名のって生きることを許 されるが、実は主君の血筋をひいていたことから、お家騒動にまきこまれることになる。しかし、源太郎は、宿命的なコンプレックスを強力なエネルギーに変えて、市井の人として生きる道を拓いていく。清々しく爽やかな男の生涯」という作品だ。
 この作品と比べても、聲の形は明らかに負けている。まず、奇病という段階でマイノリティだとすぐにはっと分かるではないか。大今は池波作品を今すぐ読みこなすべきではないか。

 ちなみに作家の遠藤周作氏にはこんな有名なコメントがある。

 「民主主義」「反戦主義」「差別改善」「庶民のために」という錦の旗を掲げて他人を攻め立てる人の中には、御旗に寄りかかっているだけで独善・偽善に陥っている人がいる。

 遠藤氏のコメントは講談社の陥った失態をズバリ、射抜いている。
 「聲の形」は評価に値するとは思えない、「やがて…春」「遥かなる甲子園」「どんぐりの家」「志乃ちゃんは自分の名前も言えない」にも負けていると私は何度も繰り返してきたが、その正しさを確信するだけになってしまった。
 そして、おとどめは光市母子暴行致死事件でフライデーなどを使い、被告人の実名などを不当に公表した罪。これは立派な少年法違反であると同時に、国際法にも日本国憲法にも許されない犯罪行為なのである。
 法律を我田引水のように使い、ふざけた真似をする段階でもはや許されない二枚舌ロンリであることは明快だ。そこで、講談社再生の鍵をここに示す。

 1.差別に対して厳しい姿勢を明確にし、権力犯罪を厳しく暴き、人権に対し、真摯で厳しい講談社に生まれ変わること。河野義行氏、不破哲三氏、西鉄バスジャック事件被害者の山口由美子氏、本多勝一氏、堤未果氏、正統足立区長であられる吉田万三氏を編集委員に招き、週刊現代を再建させる。本多氏には日刊ゲンダイの再建にも関わってもらう。
 2.パチンコ大手のアルゼから悪質な社会的嫌がらせ告訴犯罪を受け、不当有罪判決に屈しなかった真のジャーナリストで株式会社鹿砦社社長の松岡利康氏を講談社社長に据える。そうすることで講談社に筑紫哲也氏のような戦うジャーナリズム魂を取り戻させる。
 3.マンガ部門の再生は、漫画家の浅美裕子氏、画家の安野光雅氏、作家の宗田理氏、筒井康隆氏を中心にすること。特に筒井氏は佐高氏との対談で表現の怖さを厳しく指摘していることから大今の再教育にはうってつけの人物であるといえる。
 4.売上至上主義との決別。理念のかけらもないような売れれば人権はそっちのけというとんでもない作品は即刻退場させる。
 5.講談社グループ全体で法令遵守を明確化させる。少年法違反を犯したフライデーについては廃刊処分にし、当時の関係者は出版部門から営業部門へ左遷させるなど全員処分すること。
 6.週刊誌から過剰なヌード写真やグラビアは排除する。毎週ヌードではもうそれほどの価値が週刊誌にはない。週刊誌の質を落とすだけであり、政治家や大企業の悪事を厳しく暴き、批判する本来あるべきジャーナリズムの精神に回帰させるべきである。この姿勢は日刊ゲンダイにも踏襲させる。
 7.星海社、光文社、鹿砦社を吸収合併させる。そしてレイシズム雑誌については即刻廃刊する。フラッシュは今すぐ廃刊の対象になるのは言うまでもない。
 8.レイシズム雑誌の廃刊に伴い生まれる余剰人員については、経営不振に陥っている地方の大学を講談社が引き受けて新たに作る通信制教育機関(中高大の一貫教育)に回し、営業担当者として再生させる。
 9.アイエスエフネットのような障がい者雇用の社会的企業を立ち上げ、NPOとの連携を強化する。日刊ゲンダイの地方局としても活用することで、ジャーナリズム面での強化につながる。また、NPOの事業を引き継ぐことで、有力な企業としての活動基盤を持つことができる。
 10.反レイシズム・反極右・反極左を明確にする。当然アメリカにも中国にも媚びないが、事実からは逃げない姿勢を明確にする。
 11.百田、曽野、石原慎太郎のような差別主義者についてはもちろん、事実誤認ですさまじい浅野健一(清水一行氏への誹謗中傷の罪)、日垣隆(佐高氏へのデマの罪)、田中康夫のような極左とも縁を切る。たとえ松岡氏と仲が良くても、ルール違反は見逃してはいけない。
 12.人権上由々しい作品については議論を重ね、作家の姿勢も踏まえた上で慎重な対応に処すこと。猥褻なものは取り上げないことが基本だが、逆に作品の取り上げるテーマに欠かせないというのなら、取り上げることも構わない。例えば出産のワンシーンを描く際にどうしても陰部を描かざるをえないのならそれはしかたがないことなのである。